ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

スーパーマリオオデッセイとかいう神ゲー、とりあえずクリアぐらいまでしたったので感想など※ネタバレ注意

スーパーマリオ オデッセイ | Nintendo Switch | 任天堂 公式

スーパーマリオでっせい!という謎の方言風の駄洒落、何人が思いついて、発言にまで至ったのだろうか。



スーパーマリオオデッセイ。
神ゲーも神ゲーであった。面白すぎて泣いた。感動しすぎて笑った。
風邪ぶっこいているのに夜更かしして悪化するまでやった。

という訳で適当に感想でも書いておく。風邪ぶっこいてるので簡潔に短く。


ゲームのジャンルと言うのは色々あるが、その中でもサブジャンル、更にその中でも分類があるという入れ子構造になっている。
所謂「マリオ本編」というのは全てアクションゲーム、それもプラットフォーマーなどとも呼ばれるジャンプアクションである。というか、マリオこそがジャンプアクションの祖(ACドンキーコング)であり、最も代表的なゲームでありキャラであるとさえいえる。
しかし、更に細かい分類をするとマリオシリーズの本編も様々であることがわかる。

マリオシリーズ本編は、
スーパーマリオブラザーズ
スーパーマリオブラザーズ2
スーパーマリオブラザーズ3
スーパーマリオランド
スーパーマリオワールド
スーパーマリオUSA
スーパーマリオランド2 6つの金貨
スーパーマリオ64
スーパーマリオサンシャイン
Newスーパーマリオブラザーズ
スーパーマリオギャラクシー
NewスーパーマリオブラザーズWii
スーパーマリオギャラクシー2
スーパーマリオ 3Dランド
New スーパーマリオブラザーズ 2
New スーパーマリオブラザーズ U
スーパーマリオ 3Dワールド
スーパーマリオ オデッセイ

辺りである。古いのに適当に追加してるだけなので間違いがあるかも。

まあワールドやUSA、6つの金貨までは2D、面クリア型、ジャンプアクションと括れる訳だが、その後ややこしくなってくる。
64は3Dアクションゲームの金字塔とも呼ばれる歴史的作品、古典だが、箱庭探索型、ということにもなる。
サンシャインもこの点では変わっていない。
Newシリーズは回帰して2D面クリア型ジャンプアクションである。
奇妙なのはギャラクシー1、2。3Dジャンプアクションなのだが、こちらは探索要素もないではないが、全体としては面クリア型だといえる。
3Dシリーズはもう少しややこしく、面クリア型で、概ね3Dだが、2D的な要素も色濃い。

で、オデッセイ。オデッセイは64やサンシャインと同じ箱庭探索型である。3D空間に隠されたパワームーンを見つけていくという具合だ(もちろん別にストーリーはあるし面クリア型みたいになる場面も最初に国に入った時など多いが)。
2Dマリオをする場面もちょくちょくあるが、それはメインの要素ではないと見てもいい。重要な要素ではあるが。


前置きがクソ長くなったが、箱庭探索型として64やサンシャインから質・量ともに格段に進化している。
量は単純に、パワームーンの数がゼルダBotWのコログ並みにあるようだし、質は数値的にどうこう言えるわけではないが、何度も遊べるミニゲーム的なそれに点数やタイムなどを厳密にはかりインターネット投稿できるようにしていたり、何より大量のキャプチャーが面白い。

では、64やサンシャインと比べ登場時としてのゲームとしての凄さは?これは流石に3Dアクションゲームの基礎を築いた64と比べ明確に勝っているとはいえない。
というよりも誤解を恐れずに言えば、メタ的な意味、他のゲームに影響を与えるゲームと言う意味では、さしてオデッセイは素晴らしい評価とまでは言えない。その点でゼルダBotWとは違う

マリオオデッセイの凄さと言う意味ではむしろもっと細部にある。神は細部に宿るという話である。
一つ一つの、そもそもからして困難な3Dジャンプアクションを軽快に操作できるようにしているUI、カメラの動き、それぞれの動作。
キャプチャー一つ一つの細かさや驚き。その他さまざまな3Dモデルの自然で楽しい動き。
こういう細かく、一つ一つでは対して評価になりえないものを完璧に成し遂げているからこその素晴らしさがそこにはある。


個別の面白さでいえば、個人的に一つ目に思いつくのは都市の国を出すのを焦らしまくった辺りなど、事前情報と内容の差異など興味深い。
オデッセイの初報は都市の国からであった。それで私は都市の国は、恐らく序盤にチュートリアルステージとして帽子の国があるとして、本格的な一面だろうと考えていた。
ところがどっこい、チュートリアルが帽子の国だというのは当然そうだったが、2番目の国は滝の国。滝の国は3面ぐらいじゃないかなと思ってた。
まあここも半分チュートリアルみたいなところがあるから、3面で、と思ってみたら次は砂の国。そこは2面ではとばかり思ってたのだが。ここから本格的な冒険が始まっている。
で、その次の4番目の国だろうとおもっていたらまさかの分岐で湖の国と森の国。一方が終わったらもう一方。この時点でどれだけ焦らすねんと独り言をつぶやいていたような気がする。
で、4番目に湖の国を選び、5番目に森の国にいけば、次でやっと都市の国の表示が出る。
やっとか~長かったな~と思いきやムービーの途中でクッパの飛行船が表示される。雲の国でのクッパ戦である。地味に強いし。
で、ようやくして勝ったと思えばクッパが大人気なく砲撃してきてオデッセイ号は墜落。失われた国へ。そこで更に序盤でキャッピーが攫われて帽子アクションが使えなくなった時点でフラストレーションが頂点を迎え、これ任天堂わざとやってるな、憎いことしやがると思った。
で、ようやくして都市の国だが様子が変だ。停電してクッパの結婚式の広告ばかり貼られている、
ここで都市に降る雨の下、闇に包まれたビル街を縫うように面クリア型よろしく走り回り、市庁舎ビルのてっぺんまで行く。そこで戦車を使って元凶たるボスをボッコボコにしてようやく念願の都市の国を歩けまわれる。焦らしすぎではないか。
その後フェスまで拓いて最高潮に達する。

そんでその後は分岐で、海の国と雪の国。海の国でゆったりと楽しめるという寸法である。雪の国行ってもいいんだが。
雪の国のレースも楽しかったがその次の料理の国はかなりの高難易度。マグマ面だもんね。任天堂のアクションゲームでは雪面が後半にありマグマ面がもっと後半にあるのは定番も定番であるが。

その次クッパ城かと思いきや、謎の、どう見ても出るゲームを間違えている馬鹿デカいドラゴンが現れ奪われし国へ。
ここは違和感が最高に楽しい。倒した後ドラゴンに乗れることに気づいて下の方にムーンないかなと思って調べてたら落ちて賽銭する羽目になった。

でもって、その次にクッパ城だがまさかの風雲クッパ城。和風のクッパ城とか誰が想像したよ。爆笑した。

その次が月と。まあパワームーン、ウエディングプランナーの兎共、各所で見える巨大な月と予想は出来ていた事ではあるが付では重力がちゃんと弱く、地球がでっかく見えるあたり感動的であった。
クッパ戦自体は雲の国の強化版程度だが、その後の脱出フェイズが感動的。なるほどラスボスを務める、真に強大な化け物こそがこの危機に対応できると。

で、クリア後のおまけにキノコ王国と。ここは64リスペクトが最高に楽しい。
ムーンも何故かスターだし、取った時の音もアレだし。

あと250まで集めると月の裏までいけて低重力下でブルータルズとかと闘えるとか、500で何かあるようだがそこまではまだである。


とにかく一つ一つの展開を無駄にしていない。オデッセイ号がムーンを取るたびに張るのは帆かと思えば気球だったりとかがかなり面白い。満月的な意味合いでもあるのかな。


もう一つ、ストーリーではクッパのやることがかなり「賊」っぽい、と言うのが良かった。
クッパはあまり高尚な考えを持つ悪役には向いていない。さりとて馬鹿な悪役はあまり上手くない選択である。
そこで今回のクッパだが、ピーチへの結婚式を成し遂げるために、ウエディングプランナーと言う名の傭兵まで使って、結婚式に必要なものを観客を呼び寄せる広告の掲示場所まで全て奪って手に入れている。
欲しいものは力で手に入れる。力とは腕力だけではなく軍事力なども含めて容赦なく使ってくる。機会があれば自分でも戦うし、負ければ恥も外聞もなく船の大砲でふっとばす。
わがままな子供的な悪ではなく、自分の欲望にのみ忠実な賊、と言う印象を強く受けた。クッパの描き方としてはかなり満点だと思う。最終的にちょっと間抜けなところも。


更に難易度という面でも、極端にわかりにくい場所にあるムーンが偶然見つけられたりという事もあり、わからないならわからないなりに進めるなど難易度が、意識せず調節できる、されているというのを感じた。
難易度選択というわけではなく、ゲームが下手な人から一種のプロゲーマーまで楽しめる作品となっている。逆さピラミッドの隠し部屋とかわからんよあんなん。



クリアするだけでもかなりの満足度はあるが、クリアしてからも長い、むしろクリアしてからこそ本番でもある。
余りに懐が深く、どこを切り取っても面白い。
任天堂と言う完璧なソフトウェアメーカーだからこそ成し遂げた偉業だと言えよう。

スイッチは好調を極めている。任天堂作品の、ロンチのゼルダBotW、マリカ8DX、ARMS、イカ2、そしてこれ。それにサードパーティも10万売れてるのは珍しくもないし、インディーズも何故かよく売れているらしい。

この流れがゲーム業界の今後の流れを決めるかもしれない。注目したい。

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  1. 2017/10/28(土) 06:28:11|
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ゲームの評価における「価格」について

クソゲーオブザイヤー据置版wiki 2017次点


なんだか、「SHOOT THE BALLが300円という低価格ゲームであり、クソゲー足り得ずKOTY話題作に入っているのはおかしい」、という話をする人がKOTYスレに出てたので。
まあKOTYスレは扱うものが扱う物なので荒らしは多く、ネタ企画スレなのに知名度ばかり多いのでルールや議論の経緯を知らずにレスしだす人も多いのでよくよくある混乱ではあるのだが、価格と商品価値の関係についての問題はことゲームにおいて興味深い展開をするように感じられたのでちょっと長文でも書く。


まず、値段というのは商品価値の数値を表すものでは決してない。ゲームにおける商品価値、というのも難しい問題だが、どれだけ楽しめるかという曖昧な基準だとするとそれを数値的に評価する方法は無い。
まあ、せいぜいがレビューサイトの点数でも見比べるぐらいだろうか。メタスコアでさえ時代によって評価基準は刻々と変化するものであるし当てになるものではないが。
そして、500円の名作もあればフルプライス、6000円だとか7000円だとか、のクソゲーも多い。フリーゲームでさえ長い間遊べる名作からHDDを吹っ飛ばしていくクソゲーと言うのもはばかられる何かがある。

言うまでも無く、タダなのに面白いからといって無限大に評価が発散する訳では無い。
6000円のゲームは500円のゲームの12倍面白くなければいけない訳では無い。だから数値的に表せられるものでもないのだが。
ゲームの評価すべき点は数多くあるが、ゲームをプレイするのに必要なコスト、という概念はあまり顧みられない。一つは価格、もう一つは、評価点にもなり得るが時間である。まあ集中力だのゲーム容量なんだの他にもあるが。

クソゲーはタダでもやるだけ苦痛で時間の無駄である。
面白いゲームならば、少なくとも無為に時間を過ごすよりも面白いならばそれは「時間つぶし」になり得る。
本当に面白いゲームならば、ゲーマーならば「寝る間も惜しんで」ゲームをプレイする。睡眠と引き換えにするだけの価値を見出している訳だ。
面白いゲームであればあるほどボリュームの量は多ければ多いほどいいのかもしれない。とはいえ、同じゲームばかりやるより色んなゲームをやった方が面白いかもしれないし、やはり数値化できるものではないが。
しかし、ならばクソゲーはボリュームの量が多ければ多いほどクソなのかと言われると、確かにKOTYスレ住民は一通りクリアするのに圧倒的に時間がかかる大戦略太平洋の嵐やらを苦しんでプレイしているが、一般的なプレイヤーならば本当につまらないゲームは途中で投げ出すのが普通であろう。ちょっとやって、つまらないことを確認して、これ以上やっても「価格の元が取れない」と認識して、止めるまでの時間が無駄になるだけだ。

もっともこういう問題はゲームの難易度という更に面倒な問題とも関わり得るので簡単ではないが。ボリュームが無くても難しければ難しいほどゲームプレイの時間は長くなる。達成感は難易度の高さに依存するが、それまでに諦める人も多く、余りに苦労してゲームするのは時間当たりの面白さという考え方からするとまた違う。


話題がそれたが、価格もゲームハードを含めた価格やら、DLCを含めた価格、ガチャなんかも考えだすとさらに複雑になる。それを単一のゲームとして考えなければいけないからゲームレビューも苦労ばかりだ。
そしてそもそもの話だが、価格、金銭の価値、マネーに見出す幸福という意味での価値についても人それぞれであるというのも事実である。

いくらゲームの面白さという点を購買層の平均を取って考えたとしても、購買層の収入やら浪費癖もまた違うものである。
例えば石油王や大会社の社長ならば、ゲームごときにかかる価格など取るに足らない。あるソーシャルゲームに億単位で課金したユーザーがいるらしいが、そのユーザーにとっては億と言う金はゲームにつぎ込んでよい価値であり、それ以上に金を持っていたという事が類推される。まさか借金を重ねて全財産をガチャに使ったという訳ではあるまい。
一方で、貧乏学生やら高校生以下の子供にとってはフルプライスのゲームを買うというのは一種の冒険であるかもしれない。そのコストに見合った価値をゲームに見出せなければ酷いショックを受けるだろう。
ちなみにコレは時間に対しても言える。金持ちほど時間が無く貧乏人ほど時間を持て余している?そういう風になるほどうまく経済原理は働いてないとは思うが。


ともかく、基本的にゲームの価格というのは面白さによってつけられる訳では無く、概ね開発費やら広告費やら、予想される販売数からどうやれば黒字を出せるかという数字、そして相場によって付けられる。
とはいえ事実として、低価格ならば低価格なほどクソゲーでもショックは少ないし、逆もまた然りであるのも確かである。

では、翻ってSHOOT THE BALLについて見ていこう。
300円という超低価格ゲーム。まあ元Unityのアセットストアの無料ゲームだったことを考えると高いともいえるが、実際お財布へのダメージは最小限といえる(わざわざWiiUをどこぞから調達するのにお金を使うならば話も別だが)。
ゲームプレイの時間は、KOTYスレ住民のようにバグ検証のためねっちりプレイしなければ虚無しかないことを把握することはたやすいのでこれもまた最小限である。
なるほど、ゲームに対して掛かるコストは最小限である訳だ。ゲーム容量だって少ない。
ならばクソゲーではないのか?

SHOOT THE BALLは、であるにもかかわらずクソゲーである。
何しろ、このゲームをプレイしてプレイヤーが得られるものもまた極小であるからだ。
シンプルすぎるゲーム画面、ランダム性が多く自分の腕の上達を実感できない難易度、ボリュームの皆無さ。
はっきりいって楽しめる要素は無い。虚無である。

バグの多様さなども取り上げられるが、バグがあったって仕方ないというレベルである。バグは健全なゲームプレイを阻害するものだが、そもそもからしてゲームプレイと言えるようなものが無いのだ。


結果として、このゲームは300円というコストこそが純粋にプレイヤーに与えるダメージとなる。
様々なクソゲーがあるが、探してみれば楽しめると言って言えなくもない部分が、少なくともボリュームがまともにあるゲームならばあるものだ。太平洋の嵐だって兵站戦略を扱う面白さが無いとは言えない(楽しむのに膨大なエネルギーが必要だったりする訳だが)。
SHOOT THE BALLは、シンプルすぎるが故、言い訳できる余地がない。SHOOT THE BALLをプレイするということは財布から300円が消えることとなんら変わりがないのだ。

ゲームの評価基準が様々にあるようにゲームの負の評価基準も様々だ。
KOTYというスレ企画において、そういったとびぬけた個性を考える限り、他の形のクソゲー達と比べても遜色はないだろう。総評次第、総評における評価しだい。そうなる。



ゲームとは総合芸術である。
総体を見て感覚的に感じるのもいいが、分析的に見て一要素を論じるのもまた興味深いものであろう。

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  1. 2017/10/22(日) 00:15:10|
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Cuphead、面白そうだし売れてるな~

ピクシブ大百科 Cuphead

高難易度アクションゲーム『Cuphead』が売り上げ100万本を達成。発売からわずか2週間強で大台を突破
『Cuphead』の高難度なゲームデザインは排他的であるとの議論が勃発。創作の自由と楽しみ方の自由を天秤にかける
AUTOMATONより




30年代カートゥーン風のビジュアルで話題を呼んでいるCuphead。Wikipediaにもニコニコ大百科にもまだ記事無いけど売れまくってるらしい。
昨日某大川ぶくぶ先生がパロってたので調べてみたら実際かなり凄いゲーム。ボスの動き全部手描きで生き生きとしている。統一されたデザインが素晴らしい。
難易度の高さについては難しい問題よね。ゲームの難易度問題は未だ解決困難。イージーモードがあればいいって話でもないんだよねえ。あったら一つの問題は解決するにしても。


Undertaleなんかも含め、インディーズの勢いは留まるところを知らない。
なるほど、コンシュマーゲームの恐竜的進化に対する破壊的イノベーションは、スマホゲーやらソシャゲーではなくむしろこっちか?未だ売り上げでは後塵を拝しているものの、開発費や広告費だって少ないはずだしねえ。
そう考えると、ではゲーム会社が作るゲーム、インディーズではないゲームには何が求められているか。そこである。

未来のゲーム。ゲームの内容もそうだが、業界や界隈自体もまた予測しがたい。
  1. 2017/10/19(木) 02:37:45|
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クソゲーオブザイヤー携帯機版2016がやっとのことで決まったようなので

クソゲーオブザイヤーWiki 携帯ゲーム版
2016年総評
2016年大賞


おいもう2017年も十月中旬に入ってるぞ、なんでまた2016年の話なんだっていうね。
まあKOTYの総評決定、こと携帯ゲーム版の総評決定は遅れることが常態化している訳だが、ここまでもつれ込むのは記録ではないか。
ともかくしっかり議論して、総評を作り、結論を出す。そういう方針は高く評価したい。


結果については冒頭のリンクの総評なりなんなりを見てもらいたいが、次点含め過去の亡霊が蘇って来たという具合である。据置機版で大活躍した連中が携帯機で何故かリメイクされてまた大暴れ。
KOTYの結果としては、言ってしまえば面白みに欠ける結果となる。

そもそもKOTYに据置機、携帯機の区別が必要なのかどうか。
そもそも論を進めると家庭用ゲーム板と携帯ゲームソフト板、というかゲームカテゴリと携帯型ゲームカテゴリが分裂したのは、当時の運営陣がサーバー負荷分散のために板分割をするとかそういう話になって、あまりゲームについてよくわかってない運営メンバーが適当な感じで分割したのではなかったか。

ソニーはPSPVitaの後継機を作る動きはないようだ。
任天堂もスイッチの成功からかやや被ることになる携帯機の新ハードに及び腰な感覚がある。ポケモンの新作もスイッチで出るとかいう話があったか。
日本ならばともかく欧米では携帯ハードの需要は低いとされる。スマホゲームとの競合に強く曝される現状では将来もやや怪しいか(据置はPC、Steamなんかと競合するがまだ差異は大きい)。
2017携帯機版KOTYもやや過疎り気味だ。

2017はともかく、来年からぐらいにはKOTYも据置、携帯を再結合したほうがいいのではないか。そうも思う。


KOTYはゲーム業界を映す鏡でもあるという話。
据置は再度盛り上がってきた感があるが、携帯機はさて。3DSの後継機でも発表されればいいが。任天堂以外に携帯ゲーム機を新たに出しそうな会社もないというのもまた。

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  1. 2017/10/10(火) 22:54:49|
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任天堂スイッチにイースターエッグ発見、故 岩田前社長の命日にファミコン版ゴルフ…… の件について

任天堂スイッチに隠しファミコン エミュ、故 岩田聡氏の命日に「直接!」で『ゴルフ』が起動 engadget
ニンテンドースイッチ本体にファミコン版『ゴルフ』が隠されていることが判明!―故・岩田聡氏の命日にのみ起動可能 gamespark




スイッチ。未だに手に入れられてないのだが、こんなイースターエッグが発見された。
まあ詳細は冒頭の記事でも見ていただくとして、簡単に言うと任天堂前社長岩田聡氏の命日である7月11日に、スイッチのホームメニューを表示した状態で、ニンテンドーダイレクトでおなじみの「直接!」のポーズを取る。するとファミコン版ゴルフが起動する。

ちなみにインターネットに接続した時点でシステム上の時計が同期されるので今普通にスイッチを遊んでる人は来年まで試せないらしい。
このイースターエッグは逆アセンブリだかなんだかわからんが解析によって発見されたらしい。

ファミコン版ゴルフは1984年発売。岩田氏がHAL研究所時代にプログラムを担当した作品。共同ではピンボールが一番早いが単独だとゴルフが最初となる。
岩田聡と言えばHAL研究所時代は天才プログラマーとして有名であった。それを当時任天堂社長であった山内博氏、花札屋であった任天堂を世界のゲーム会社にまで成長させた、がHAL研究所の経営危機(1992年)の際に資金援助の条件として岩田聡を社長に据えた。HAL研究所社長として抜群の経営手腕を発揮し負債を完済。そして2002年、自身の後任に、息子ではなく岩田聡に社長職を譲った。
そして2015年、業績が上向いてきたところ、胆管腫瘍のため死去。

凄まじい経歴を持つ岩田氏だが彼の有名な言葉に次のようなものがある。
「私の名刺には社長と書いてありますが、頭の中はゲーム開発者、心はゲーマーです」

社長として特級の活躍を示したが岩田氏だが、それと同時にプログラマーとしての強い矜持を持っていた。
ファミコン版ゴルフは氏にとって特別の思い入れのある作品だろう。


このイースターエッグは探し見つけて面白いといった類のプログラマーの悪戯的イースターエッグというよりもむしろ命日に岩田氏の作品を遊んで偲ぶための、内々向けの線香とでも言った方が近い気がする。

現在君島社長の下、絶好調の任天堂。
それは様々な状況下で真摯にゲームの事を考えて動いてきたからこその結果である。
岩田社長の残したものは余りにも大きい。こうして改めて調べてみることでよくよく身に沁みて感じた。そしてこうしたものを用意する任天堂社員も歴史に敬意を表していることがよくわかる。

なるほど、任天堂がゲームを語るうえで第一に語らねばならない企業である訳だ。

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  1. 2017/09/21(木) 00:28:58|
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