ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

「僕の妹は漢字が読める」2巻感想

講談社ラノベ文庫なるものが12月2日に創刊されるらしいね。
創刊8タイトルの目玉は「神様のメモ帳」の作者の最新作「生徒会探偵キリカ1」、どれみが16歳になった頃の話「おジャ魔女どれみ16」、そして進撃の巨人のノベライズ「進撃の巨人 Before the fall」。
進撃の巨人のは原作の前を描くらしい。諌山先生ちゃんと監修してるのかな?まあ買うけど。
あと最初から続き物だと主張するのはどうかと思う。1て。


「僕の妹は漢字が読める」1巻感想
1巻は6/30発売か・・・四ヶ月か。ライトノベルの刊行周期としては極普通。もしかしたら2巻出ないんじゃないかとも思ったけど、あれだけ話題になればね。HJ文庫の数少ない弾だし、当然シリーズ化か。
なんか知らんけどネット配信でコミカライズもあるとか。HJ文庫らしいやり方。しかしこのライトノベルの性質、文学論的描写大丈夫なのか?漫画ならまあ何とかなるだろうが、アニメ化は難しいかもなあ。人気的にもどんなものか。


ライトノベルの怪作第二巻。

漢字が無くなり萌え文化が定着した23世紀の未来。そこで「正統派文学」(妹とかパンツとか系の事)を志す主人公イモセ・ギン。
その妹で「漢字が読める」クロハ、末の妹ミル、正統派文学の巨匠オオダイラ・ガイ達と過去(21世紀)と未来(23世紀)を行き来する。
23世紀人の手によって未来が漢字だらけの文化に変貌してしまう。
そこから過去に戻ってどうするかというのが第二巻である。


あらすじ三行。改行は含まない。

歴史が変わった理由はわかっていて、歴史を変えた本を奪われた事による。それを取り戻そうとてんやわんや。
本を奪った男はタイムスリップするマシュマロを作った博士の妹で、昭和以前の文学を愛し、正統派文学を憎悪する人物であった。
どうにか歴史は戻ったが、正統派文学のみが支配する世界ではなく、古典文学にも居場所ができる世界となっていた。

はしょりすぎだが、まあいいだろう。わからなきゃ買いなさい。


まずこの漫画の設定について。
23世紀は総理大臣や教師が二次元キャラだったり、漢字が使われなくなっていたり、妹や姉、幼馴染というものをありがたがる文化が根付いてしまっている。

これをユートピアと感じる人もいれば一種のディストピアと思う人間もいるだろう。なんにせよ現在21世紀の文化とは大きく異なる。その未来人を主役・主要登場人物としている。
その現代人との価値観の差をどう扱っているか、そもそも未来人の間でも価値観は違う。古典(21世紀以前の)文学を嗜む妹と、寝癖さん。似通っていても相容れない。その辺りも作品のテーマに大きく結びついている。


時間モノとしてみると、過去で何かすれば未来が変わるというのは相当昔からのテンプレートだが、文化が変わるというのは面白い着眼点。「正統派文学」とは明らかに「純文学」のパロディだが、要するに時代が変わればこういうこともありうるという話である。

今、権威もクソもないエロゲーも後世どのような評価がされるのかわからない。絵画のゴッホだって生前一枚しか絵は売れていない。
逆に権威を貶められたほうはどうか、何らかの救いがあっても良いのではないか。過去を振り返ることもまた必要である。

一種の文学論をSFの文脈で扱う小説なのである。


今回はライトノベルとしてみても中々出来が良い。

キャラクターの動きが明瞭で、2巻にしてやっと主要キャラのイメージが固まった気がした。正直1巻ではタイトルの妹とかほとんどその存在が逆説的に世界観を説明するぐらいの意味しかなかったし、幼女になったオオダイラ先生や独白しかなかった寝癖さんの詳細もわかった。

なにより主人公のキャラが良くなった。単なる「正統派文学」を盲信するキチガイではなく、真摯に文学というものを理解しようとし、自分なりの文学を構築する運命が未来にある将来有望な「文学青年」となっている。中々バトル物でも無いと主人公の圧倒的才能というのは見せづらいがその辺を上手くやった。


そしてところどころに挟まれる未来の文章。理解できない文体によって未来を想わせるというのは面白い手法。なるほど現代の文章と万葉仮名なんか全然違うし、江戸時代の古文だってわからない人にはわからない。明治大正昭和の文章だって読みづらいと感じる人もいよう。ならば未来から見れば現代の文章だってまた同じ事である。

理解できないと書いたが、全く理解できない訳でもないところが上手い。幼児的とも白痴的とも思われるその文体は、単語はなんとなくわかるし、繋がりもわからなくは無い。しかしどうしてそう書くのか、どうしてそんな事を書くのかが冷や汗をかくほどわからない。
全く意味不明なものは恐ろしくもなんとも無いが、奇妙に既視感を抱かせる理解不能なものの方が怖い。怖いというのもおかしいが、怖くなければ笑える。不気味の谷のようなものだろうか。

最後の未来文章。23世紀の文章があってこそそれは成り立つ。その先と理解すると・・・・・・これを最後に持ってきたのは正解である。



自身がライトノベルであり、お世辞にも社会的にメインカルチャーとして評価されていない萌え系の外枠を使って未来の書籍文化を書く、メタ的性質を多く持った作品である。

現実にはライトノベルを含んだ所謂「オタク」文化は後世どのように評価されるのであろうか。
文化が社会を形成するというのはありえそうな話だが、その文化はどのように変容するのか。
ライトノベル、この作品を読む読者に様々な事を想わせる良いSFであり、キャラクターが魅力的な良いライトノベルであり、文学の権威に挑む「純文学」である。

今後の展開も気になる小説、HJ文庫の期待の新人としてはっきりと認識させる作品であった。作中作のように文学における分岐点となりうるほどの成長を祈願する。
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テーマ:読書 - ジャンル:サブカル

  1. 2011/11/02(水) 03:16:33|
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