ネット世代の雑評論

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フランス流「九つの芸術」。日本の漫画とフランスのバンド・デシネ

東方神霊廟、パラレルED難しい・・・霊夢じゃないと当たるなあ。
そういや今週のジャンプのめだかボックスで数千年に一人の逸材が同じ時代に被る訳無いとか言ってたけど、被っちゃったのが黒子のバスケなんだよね。いやあいつら10年に一度だけど、8人ほどキセキ級いるし。どっちのが珍しいのかな?計算方法がちょっとわからない。計算して意味があるのかもわからない。
後ニコニコでイカ娘2期見たけどやっぱいいね。いきいきしてる。


Yahoo知恵袋 フランスでは漫画(バンド・デシネ)が「9番目の芸術」と呼ばれているそうですが、...
Wikipedia バンド・デシネ
Wikipedia フランスにおける日本の漫画

フランスは芸術の国とされる。少なくとも芸術ぐらいやっていけるほど豊かな国であることは確かである。
フランスでは芸術を九つの区分に分類するという事がなされている。今回はそれを見ていく。短めに。

1 文学
2 音楽
3 絵画
4 演劇
5 建築
6 彫刻
7 舞踏
8 映画
9 漫画

らしい。順番や些細なところは異説があるが大体こんな感じ。
8番目が映画で9番目がバンド・デシネ、つまり漫画というのは固定のようだ。

なるほど芸術然とした芸術が並んでいる。
絵画など芸術の代名詞のようなもので、音楽や文学も歴史上からいっても多大な影響を見せる。
彫刻も古くから(有史以前から?)あった。偶像崇拝云々だが、偶像が無いとイメージ力も働かない。
建築は昔からあるが、芸術とみなされるのは少し後代ではないかという印象。ピラミッドもお墓だもんねえ。芸術とはそれが芸術だと認識する事?
舞踏や演劇は被ってる気もするが、まあ色々定義があるし、そういうものだと割り切ろう。共に大衆文化から来ているというイメージ。演劇はそうでもない?

映画。ムービー、動画。これは発明すらかなり昔だ。とはいえ、世に出てから芸術と認識されるのは比較的早かったのではないだろうか。

漫画、これはまあ、歴史上に登場するのもそれなりに遅かった(鳥羽僧正のアレは別として)が、芸術として認められるのは更に長く掛かっている。


映画と漫画、いかなる差があるのか。
私が思うにそれは「かっこよさ」では無いかと思う。

表現方法としてのそれらに大きな違いを見出せない。
映画はいうなれば演劇の発展系だろうか?一度フィルムに収める事で演劇よりも更に自由度を増した表現が可能になる。
漫画は絵画と文学の融合と言うべきか?ストーリーを表現する助けとして絵を使ってもいいし、絵の理解を助けるためにストーリーを使ってもいい。こちらも自由度が増えている。

ならば歴史的要因として考えてみよう。
映画は視覚だけでなく聴覚にも訴えかけられる。インパクトが大きい。これはその「知名度」、「評判」の向上に寄与する。
更に一人で見るものでは無かった。その特性は批評家を生む。
批評家が生まれることで芸術は芸術とみなされるという訳だ。

逆に漫画は新聞に載ってたりして、一人で読むささやかな娯楽というイメージを中々脱せていなかった。「評判」は悪い。今でも批判的な、軽視する人がいるのはその特性にある。漫画は家で一人で読むもので、どうしても陰気なイメージが付きまとうのである。
更に、皮肉漫画などの流れでギャグ漫画が初期には大半を占め、漫画の本質と思う人が多いというのも注目すべきだ。
笑いはそれほど芸術とは見なされにくい。下品だと思われるからか。


そこで、フランスで漫画、バンド・デシネが芸術にみなされた理由を探る。
結論から書くと、フランスのバンド・デシネは漫画のそういう非芸術的印象が無いが理由である。

バンド・デシネはカラーが基本で比較的高価。読者層は成人の男性が多い。
絵の技法としては西洋芸術のそれを踏襲している。
娯楽性も低く、キャラクターも特徴的とはいえない。定型化が起こっていないともいう。キャラクターという概念はいまだ芸術的とは見なされていない。
制作サイクルも長く、日本の週刊漫画の如く消費物としての扱いではない。

つまり、芸術の国フランスの、まさに芸術的な特性を生かして作られたのがバンド・デシネというわけだ。もちろんそういう事が意識されて作られた訳ではなく、他の8個の芸術を定義している場所で作られたものだからそれも芸術味を帯びてきたという訳だ。

芸術の国フランス。皮肉的にいうならばむしろフランス人の作るものが「芸術」というべきか。



その流れでなんにせよ漫画が九番目の芸術として認められた。
そうなると、「同じもの」である日本の漫画が目に入るようになる。

初めは抵抗があったようだが、その娯楽性、大衆性によりフランスでは日本の漫画がしっかりと根付いてきている。流行と言う言葉は廃れるものと言う印象を持つ人がいるのであえて避けたが、簡潔に言うと「流行って」いる。

悪化は良貨を駆逐する?芸術のようなものでそれはない。
むしろ、資本主義の「自然」淘汰の中で洗練された日本の漫画が好評なのだと思う。

かつてあったジャポニスムを思い起こさせる。
浮世絵もまた大衆文化より出でたものだ。それはやはり洗練された芸術として認められる。

芸術的、大衆性を切り離してより技術の深遠へ旅するのもよいが、あるいは行き詰ることもある。所詮芸術は人の考えるものなのだ。
ならば自然の芸術ではないが、作為の無い大衆に支持されたそれを取り上げる事もまた一つの道である。

Artと言う言葉には人間の手のなるものというニュアンスが含まれていると思う。
しかし、やはり人間の手から離れたものにも素晴らしいものはあるのだ。
ポップカルチャーは作者一人の手になるものではない。大衆の要求もまたそのものに影響を与えるのだ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2011/10/05(水) 03:51:16|
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