ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

ライトノベル定義論・ライトノベルのライトとは何か

ライトノベルの定義。これはほとんど決まっていない。決まらない類のものである。
一応様々な定義は試みられているが不完全な事この上ない。

曰くキャラクター重視の小説だとか、
曰く挿絵が漫画・アニメ調の小説だとか、
曰く青少年向けに作られた小説だとか・・・

一番一般的、汎用的な定義といえば「ライトノベルレーベルから出ている小説」という物だが、これだってじゃあ何を持ってライトノベルレーベルはライトノベルレーベルと呼ぶのかとなるとライトノベルを出しているからという循環論法になってしまう。あるいは実用的にはいいのかもしれないが、定義というには心もとないし、ライトノベルの本質について何も語っていない。

巨大掲示板2ちゃんねるのライトノベル板のトップページには以下のような言葉が飾られている。

 ★「ライトノベルの定義」。あなたがそうだと思うものがライトノベルです。
  ただし、他人の同意を得られるとは限りません。

つまり何をライトノベルだと言ってもいい状況であり、それほど混乱している事の現われで、実用的には「人がライトノベルだと思うもの」の多数決でしかないという事だろう。
多くの物がライトノベルだと認識すればライトノベル板で扱える。すなわちライトノベルという言葉は多数の解釈法があり、正解だと根拠を持っていえる「定義」は無い。ということを表しているのだ。

アンサイクロペディアのライトノベルの項ではこうした状況を皮肉ってか、ライトノベルはright novel、すなわち正しい小説であるとか右翼小説であるとか、light novel、そのままだが重量が軽い小説であるとか書かれている。
もちろん冗談ばかりだが、たしかに普通ライトノベルは文庫版で出版されるので、重量が軽いというのはあながち間違っていない。

そもそもライトノベルのライトとはなんなのだろうか。
命名の歴史を探ればパソコン通信時代に作られた用語だが、その当時「ヤングアダルト」、「ジュブナイル」、「ジュニア小説」等と呼ばれていた小説群を呼び変えたものだとわかる。
時系列的にはロードス島戦記、スレイヤーズの時代である。つまりああいう作品を表すのに適した言葉であったのがその後の定着の理由であろう。ヤングアダルトその他の言葉はそれらの作品群を表すのに適していなかった訳だ。

ここにライトノベルについての面白い文章がある。

まとめると、ライトノベルは、読者が漫画やアニメ等で培われた前提を持っている事を想定された読み物であるという事だ。
前提条件を持たない人々が読むように書かれていないのだ。と言っている。

いささか極論過ぎで例外も十分量用意できるが、中々本質的なことを言っている気がする。

ユーザーに前提条件が必要なものは文学作品だけでなく、非常にたくさんあるが、ライトノベルの場合それは漫画やアニメであるという訳だ。
もっともこれはスレイヤーズ中心のライトノベルの事を言った話で、あるいは現代の学園物なり日常物なり、最近のライトノベルは違う前提があるのかもしれないが。

そもそもライトノベルを定義するのが難しいのは、複数の人がその人の中で違うライトノベルの定義を持っていたりして普遍的なものが出来にくい物である。
スレイヤーズは明らかに、というよりもある種の人の中では定義の内に入るまでにライトノベルだ。それの模倣作品や似たような作品もまたライトノベルである。
ここで別の人が考える。そうすると、大体そういう小説は同じようなレーベルで出ている。わかりやすい。ではそのレーベルで出ている作品はライトノベルなんだな、うむ、共通点があるぞ、まずパッと見てわかるのは、表紙がアニメ風のキャラクターだ。内容はスレイヤーズとあまり似てない作品もあるけれど・・・
更に別の人は、他のレーベルのある作品を見て、表紙がアニメっぽくて、「ライトノベルレーベル」で出ている作品に内容まである程度似ている。つまりこれはライトノベルだと考える。

まあ混沌に満ち満ちている。それでいて人が話す「~はライトノベル」というのはそれほど食い違わないから問題になる。大体全部の定義が、実用上通用しなくはないというのがややこしさの一因である。
現在の「ライトノベル」も、スレイヤーズやロードス島戦記の時代の「ライトノベル」と共通点があるというのがライトノベルというジャンルがあるという幻想を作っていて、幻想と言い切るには微妙な特徴がライトノベルを同列に語らせる。

実際には大きく変容していても、それを表すのに新しい言葉を使うよりも共通点を持ってライトノベルといってしまっているわけだ。その共通点がさっきの様々な定義になる訳だ。

実際ライトノベルから発展した小説は何かを受け継いでいる訳だし、母数が多いから(多くなってしまったから)多少量全然違う物が出ても例外として片付けられてしまう。

定義と簡単に言っているが中々業の深いことがわかっていただけただろうか。

というわけで、その「ライトノベル」の「ライト」とは何か。
まあ実際に言葉を作った人がいるわけだが、その人が思っていた事と実際定着して人々が思っている事とは違う。

恐らくだが、その人が思っていたことは、漫画のように気軽に読める、軽音楽=ligit mugicのような小説、すなわちligit novelという発想だったのだろう。
実際ライトノベルのライトはそういう意味で付けられたと思っている人々は多かろう。

だが実際にライトノベルとはどう思われているかというとまた違った話になる。
ジャンルとしてのライトノベルは、最近まで賞もなく、権威は無かった。
子供の読む小説モドキ、と思っている人々も多かろう。
そういった人々は自分の中でそのようにライトノベルを定義する。
つまり軽薄な、小説。そう思われている節がある。

そしてライトノベルの読者もそう思われていることを自覚している感がある。そして、作品にもよるだろうがある程度そういう傾向がないこともない。定義問題のややこしさだ。
そこで読者達も、そういった状況を自嘲している場合もある。

電撃文庫は現在のライトノベルレーベルでも最も重要なレーベルだろう。
その編集部ではライトノベルという言葉を好んでいない。精々否定的文脈で使うぐらいだ。
これは、ライトノベルという言葉のネガティブな側面を嗅ぎ取って、その言葉を使うのを避けているのではないか。
実際、ライトノベルという言葉を好まない人は決して少なくない。作家にも多い。

ライトノベルという言葉自体に好印象をもつ人は少ない。
その言葉の内容が好きな人は多いのだろうが・・・



ライトノベル。ただの言葉だが、もはや最初に使われたときのような単純な状況ではない。
しかし依然として使わざるを得ない状況にある。
我々はこの言葉に対する対応を常に考え、扱いを苦心せざるをえない。
言葉は生物だ。「せいぶつ」と読んでも「なまもの」と読んでも良い。時間経過により訳のわからない事になる。
私は言語学者ではないし、本来の意味が云々言ってそれを止める事は出来ない。ただ不安気に見守るぐらいしかできない。
言葉とはそういうものなのだろう。
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テーマ:読書 - ジャンル:サブカル

  1. 2011/02/02(水) 03:02:00|
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