ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

詩野うら「有害無罪玩具」読んだのでちょっと感想

有害無罪玩具 KADOKAWA

ツイッターでフォローしてる人が薦めてたので読んだら面白かったので。


SF短編集、という具合になるが極限まで発達した科学は魔法と区別がつかないとも言うし結構ファンタジー的な、夢想的な雰囲気も漂う作品集である。科学だからSFって話でもない。まあ定義論はどうでもいいが。

表題作「有害無罪玩具」は実際的な大きな危険性こそないものの考えていくと恐ろしいと言うSFガジェットを取り扱っている。
そらまあ未来とか簡単に予知されても人間の自由意思というものがなんというか。まあ自由意思があるという幻想が人間の自意識を成り立たせているのやもしれない。
他のおもちゃもそうだが人間を成り立たせているのはいともたやすく壊れやすい偏見の類でしかないのかもしれない。

「虚数時間の遊び」は時が止まった中で永遠に遊び続けるしかない人を描いた作品。
永遠に止まった世界に閉じ込められるともなると希望も絶望も何もなくなるか。しかし何かはしてなければならない。なるほど。

「金魚の人魚は人魚の金魚」では、知性がないが完全に不老不死である金魚の人魚について。
まあSF、それも短編ともなると極限を描くことが上手いやり方の一つな訳だがこれもその典型例でその極北か。
永遠に生きても小石を口に含んで吐き出す事しかしない金魚の人魚。人間の人生の短さとの対比となっている?しかし別に哀れでも何でもない。奇妙な感覚。

「盆に復水、盆に返らず」も時間移動物でありながら霊的なモチーフを使っていたりいろいろ考えさせる。



SFは読者に何かを考えさせるというのが強い。そら読み物なんか全てそうではあるが、SFはこの世界、人生、未来、そういったことについて考えさせる。であればこそのサイエンスフィクション、科学創作であるのかもしれない。
科学、昔風に言うと自然哲学。
現実にあるモチーフを極限にまで押し進めるからこそ見えてくるものか。そういった意味でこの作品集は非常にSFらしいSFなのやもしれない。ハードSFとはまた違うが。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2019/05/23(木) 05:28:31|
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