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Wikipedia探訪「灌頂」

灌頂 - Wikipedia

灌頂。やや馴染みのない言葉かもしれないが仏教における儀式の一つであり、元々菩薩が仏になる時のそれなのだが今では密教において仏教僧としての位を向上させる儀式となっている。元をたどればインドの即位、立太子の儀式から来ているらしい。

密教。大乗仏教の秘密教、あるいは秘密仏教とも。
要は経典を読んだだけではわからない部分みたい話で、だから灌頂のような儀式が必要になってくるという具合である。
初期仏教は半分哲学みたいだったところをゴチャゴチャ様々な経緯を経た結果奇妙な神秘主義に落ち着いたという印象もあるが、実際問題、宗教の形に優劣があるとも思えんので気にしないでもいい。
たま~に、というか大昔には汎神論・アミニズムから多神教を経て一神教へ宗教は進歩していくみたいな主張も聞かないではなかったが、いうて別にミーム複合体としての宗教という観点から見たとしても必ずしも一神教が多神教よりも強いとも思えない。そらまあ一神教は排他的な性質を持つので多神教の潰していった訳ではあるが、でもいうてキリスト教とかだって一神教と銘打ってるが天使とか聖人とかも祀ってるようなもんだしな。

まあ何にせよ、仏教の儀式として灌頂という物がある訳だ。
で、灌頂にも色々あるが日本仏教における勧請の一番初歩的なそれ、結縁灌頂なんかもちょっと面白い。
出家した信者でも在家の信者でも受けられるのだが、自分の守り本尊を決める儀式ということになる。やり方は様々な仏やら菩薩やらが描かれた曼荼羅に目隠しして華を投げて、落ちたところの仏と縁を結ぶというちょっとゲーム感覚があるものだ。投華得仏ともいう。
曼荼羅には鬼神や羅刹なども描かれているが、一応そこに華が落ちたならその祀り方や儀式が伝授されるという建前になっている。しかし実際に寺でやると目隠しを取る前に坊主が落ちた華を大日如来のところに移動させるので絶対に守り本尊は大日如来になるらしい。なんか残念感があるよな。

他にも弟子となるためや弟子を得る資格を得るための勧請があったりする。


チベット仏教での灌頂はまた違った形に成る訳だが、後期密教のタントラに書かれたそれをそのままやろうとすると完全に変態行為・公序良俗に反するそれになってしまう。
詳しくはwikipediaの秘密集会タントラの項に譲るが書いた人は何を思ってこんなことを書いたのか。初期はマジで実践してたみたいだし。
いやそらまあ当時には当時の事情もあった訳だし、後からつけられた理論もわからなくはないのだが、中々にロックでアナーキーだよなあ。なんで美しい16歳の処女を性的ヨーガの為に師に捧げて、挙句の果てには、という発想が出てくるのか。まあ初夜権とかその辺の習俗に宗教的意味合いを持たせたのか知らんが。


仏教。日本人のすぐそばにある宗教だが、一つ奥に入るとまた違った姿が垣間見える。
宗教というのは膨大なミーム複合体であり、だからこそ調べれば調べるほど興味深い。まあ迷信は結局迷信なのではあるが、文化としての価値は否定することが出来ないという話。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2019/02/07(木) 00:35:02|
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