ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

クソゲーオブザイヤー、覇王鬼帝、及び最近の傾向について考察。

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クソゲーオブザイヤー、略してKOTYはその年一番のクソゲーを決める企画で、2004年から開催され、多くのゲーム板で行われる企画となっている。

一年の初めから出た有望そうなゲームを選評し、その年に出たゲームを対象に来年の始めまでもつれ込みながら議論を続け、最も支持された総評から大賞を決める。

最も有名な特徴は選評、総評が重要視されるという事だ。
単純な多数決ではなく議論を土台とした根拠がなくては選ばれる価値はないということだろう。
確かに2chでは多数決などまともにできるはずもなく、2chでできる最も堅実な物の決め方はこれなのかもしれない。
「クソゲー」というある種デリケートな物を扱うからこそ出来たシステムか。



KOTYは今年も順調にレビュー、議論、選評が行われ、それぞれの板のKOTYスレで話題作があげられている。


例えば「ラストリベリオン」。
バグこそないものの、シナリオや演出といった外側からUI、ゲームシステム、ゲームバランスといった中身まで尽くダメな作品。
することといえばレベルを上げて物理で殴る。単調な戦闘は単調な内容と合わさって最低である。しかも長い。


例えば「戦極姫2~葉隠の乙女、風雲に乗ず~」。

2009年KOTY据え置き携帯2冠エロゲノミネートの大期待新作。
前作のバージョンアップ程度の内容で、前作同様バグの嵐(多少は改善しているらしいが新たなものも)。
「クソゲーにおいてバグはドラ」というKOTYの名言通りドラも積もれば数え役満。
KOTYの基準「単一のソフトで評価」の考えからいうと、確かに前作よりマシだが大賞は狙えるか。


携帯板では例えば「RPGツクールDS」。RPGをプレイヤーが作れるアレのDS版である。

まず一つ、普通RPGツクールで出来て当然の事も出来ない。なぜ属性という概念すらないのか。なぜ状態異常耐性すら付けれないのか。
二つ目。作れる容量。相手がそのソフトを持ってなくても送れるダウンロードプレイ用では街とダンジョンを併設すら出来ない。フルで作るにもGBA版の半分程度というありさまだ。
最後に、最近のクソゲーを表す言葉。バグ。非常に多い。
操作性こそタッチパネルを利用し良いものの、いただけない出来である。



と、まあ色々あるわけだが、携帯ゲームKOTYの大賞有力候補が7/15に発売された。
それが「ハローキティといっしょ! ブロッククラッシュ123!!」、通称「鬼帝」「覇王鬼帝」である。

このゲームはサンリオの新プロジェクト「ハローキティといっしょ!」からのもので、ハローキティを愛する少女キャラクター達を様々なイラストレーターが描くというプロジェクト。
サンリオと言われて思い浮かぶキャラクター、いわゆる子供向けの物ではなく、購買層はもっと上、まあ簡潔に言ってしまうと「萌え」キャラである。
イラストレーター陣はかなり豪華で、その辺に疎い私でも何人かは知っているほどである。
キャラゲーといえばそうだ。

ゲームの基本形は「ブロック崩し」である。
ブロック崩しは歴史が深く、1976年4月にアタリが開発したという「ポン」に次ぐほど昔からあるゲームである。
後のアップルの2人の創業者が回路の部品減らしに関わったと言う逸話もある。
日本でもタイトーがライセンス販売しアーケード界を席巻し、この土台を元としてスペースインベーダーがヒットしたとも。

シンプルにして非常に面白く、今でもバリエーションが遊ばれる。携帯電話のアプリ等にも見られる。
その中でも有名なのがアルカノイドであろう。第2次ブロック崩しブームを作ったこの作品はやはりタイトーによって作られ、1980年代までのSTG等のアイデア、不規則な敵やパワーアップアイテムなどが導入され、大ヒットを遂げ業界を震撼させた。

本題の作品。もう鬼帝と書いてしまうが鬼帝はこの系譜の末端に位置するゲームとなる。

この定番ゲーム、システムが完成されているはずのゲームのどこが「クソゲー」なのか?

原作ファンを怒らせるような事をしたのか?いや、イラストの量は少なくしかも全部公式ホームページで公開されてたりとキャラゲーとしての濃度は薄いがそんなでもない。

バグがあるのか?いや、KOTY候補作としては珍しくバグらしいバグはない。

ロードとか長かったりユーザーインターフェースに問題が?いや、ロードは早い。セーブは自動セーブではないので忘れると悲惨だがたいした問題ではない。
ユーザーインターフェース(UI)とはかなり広い意味の言葉である。
鬼帝は製作者が思ったようなUIではあるかもしれない。


問題は何か。
答えは単純である。
理不尽な難しさ。これに尽きるだろう。

まず壊すブロックとボールを打ち返すバー。角に丸みが計算されている。これによって不規則にボールが反射し軌道が読めない。突然事故死することも多い。

それにバーの移動は遅く、ボールに追いつけない事もしばしば。さらに微妙に慣性がついている。

アルカノイドよろしくアイテムがあるのだが、マイナスアイテムも多い。バーの動きを遅くするアイテムをとるとほぼ1ミス確定。
というか後述するが難関ステージではある種のアイテムが無いと非常にクリア困難な場合もあり、ランダム要素が強く運ゲーの様相を見せている。

そして、その上で10名のキャラクターに12個ずつのステージとおまけExステージが3個あるのだが、それぞれのキャラクターの後半のステージ。悪意が感じられる難しさである。

それぞれキャラクターの特色に合わせた様々なルールのブロック崩しをする。それ自体は確かに特色豊かで、良いのだが、何故か後半ステージは筆舌尽くしがたき難しさを持つ。

キャラゲーなんか初心者のゲーマーもやるだろうに簡単にしてくれてもそれほど問題はないはずだが、異常な難しさがある。
あるいは製作者はこういう「萌え」系が好きな層は「オタク」でゲームも上手いとでも思ってるのだろうか。根本的に間違っている。
コアゲーマーとそういうハードなファンは同じではない。
そもそもゲームが上手くても運ゲー+理不尽難易度だから始末に終えない。
ブロック崩しでこんな難易度のないよ。

具体的にどういうステージがあるかはニコニコのこのマイリストの人の動画やKOTY携帯ゲーム板の該当記事を見ていただくが、ブロック崩しなのに弾幕STGのようなステージや、賽の河原の如き苦行を強いられるステージや暗闇から撃たれるステージなど地獄が盛り沢山である。

救いとして一ステージごとにセーブできるので同じ面を何度もクリアする必要は無いという事だ。
・・・セーブ忘れなきゃね。

主にステージの鬼畜さがこのゲームの難しさの大半を占めるので是非ニコニコ動画などで見ていただきたい。
クリア動画ばかりでは簡単に見えるかもしれないが。

細かいところで言えばBGMも二種類しかなく単調である。何度も再挑戦するプレイヤーをうんざりさせるだろう。



ここまで書いてきたが何が言いたかったのか。
それはまず、最近のKOTYの候補作に選ばれる作品と鬼帝の違いである。
KOTY大賞といえば少し昔は手抜き、ゲームバランスやゲーム性、シナリオのダメさが多くを占めたが、最近のではバグの多さで物を言わすものが目立つ。


ではKOTY以前のクソゲーとはどういうものか。

有名な具体例を幾つかあげよう。
星を見る人、デスクリムゾン、コンボイの謎、たけしの挑戦状、マインドシーカー、ドラゴンズレア・・・
まあKOTY以前の有名な「クソゲー」といえばこの辺りが上がるか。

これらに共通する物、それは「理不尽な難易度」であると私は思う。
もちろんこれらの伝説的クソゲーは付随したダメな点も多大にあるが、クソと言われる本質はここにあると思う。
スペランカーはクソゲーまとめwikiによるとクソゲーでないらしいので外したがクソゲーと呼ばれた所以はこの点にあると思う。

この時代はそもそもグラフィックなどドット絵で書くから多少手抜きでも批判されないしシナリオやストーリーもあってなきがごとき作品も多かった。
つまり、最近のKOTYのクソな要因は高性能なゲーム機のゲームであるという事に起因する物が多いという事である。
高性能で複雑だからこそバグも多くなるし、そもそもファミコンのゲームはドラクエでさえ意味不明のタイミングでデータが消えた。ファミコン本体でも蹴れば豪快なバグ画面も見れた。

もちろんこの時代にもゲーム性が悪いゲームも多々あったが、上に挙げたゲーム、初心者のゲーマーにはほとんどまともに遊べないほどのインパクトはなかった。
マインドシーカーは少し毛色が違うが、結局クリアしようとすると多大に時間がかかる事は同一である。これも一種の難易度であろう。


思えば難易度によってクソゲーといわれるゲームは少なくない。
この記事を読んでいる読者にも難しいゲームで詰まって「クソゲー」と呟いた人がいるかもしれない。

しかし非常に難しいゲームでもクソゲーと呼ばれない物も多い。ここにどのような差があるのか。

グラディウスⅢ。
これは出た当初非常に非難された。難易度によってである。
シューターでもこれは難しいSTGだという。
とはいえ、これはクソゲーではない。演出、シナリオ、ゲーム性その他が非常に優れていて難易度も運の要素は多くないからである。
とはいえ非難された事は事実である。

Wizardry。
難しいゲームである。それも理不尽に難しい。運が悪ければどんなに強いキャラでも首をはねられて死ぬ。
とはいえクソゲーとはいわれないだろう。
現代にも繋がる優れたゲーム性などをその理由としてあげることも出来るだろうが、難しさが容認されるのは、それが最初期のRPGだからであると思う。Wizardryとは、RPGとはこういうものだと比較対照の無い所にいたからではないか。
その意味ではローグライクゲームの難しさもこの辺りから来ているのかもしれない。これはコアゲーマーによって難しさが雪達磨式に増えた結果かもしれないが。
あるいはD&D辺りからの功罪なのかもしれないが、なんにせよ過去の物との対比から許容されたか過去の物がなくて許容されたか、どちらかだと思う。
結局は初のコンピューターRPGの一つなのだから。

怒首領蜂大往生。
非常に難しいゲームである。
しかしこれをクソゲーと言う人はファンに命を狙われるかもしれない。
これも確実に許容された。過去からの難易度の拍車、プレイヤーも自覚している中での究極系だからである。
難しいからこそファンが付くものもあるのある。


上に挙げた3つのゲームは難易度が高いと言う特徴だけではなく様々な長所を持っているので一概には言えないが、難易度が高い事は必ずしも悪ではないようだ。


何が問題か。何故鬼帝はクソゲーと呼ばれたか。

運が大きく関わること。
これまでに無い難しさである事。

この二つが主要因ではないかと推測する。

運が関わる。プレイヤーにはどうにもならない。これはゲームが上手いコアなゲーマーでもどうにもならない。
それは嫌われる。ゲームをコントロールする事は不可能なのだ。

これまでに無い難しさ。ブロック崩しの類でこれほどの難易度を持つ作品は寡聞にして聞かない。
つまり誰も付いていけない不毛の荒野にいる作品なのだ。
誰かが付いていけるならその人にとってはそれほど難しくない。
難易度とは相対的なものであるのだ。



鬼帝は古典的なクソゲー同様の理由でKOTY候補作に選ばれた。
バグやシナリオに問題は無い。ただ理不尽に難しいのだ。それが問題なのだ。

鬼帝には他のどのゲームにも無い難しさを持っている。ある意味では早すぎた作品と言えるのかもしれない。
とはいえ少し難易度を下げてキャラゲーとして細々と販売するより、こうして前衛芸術の如く派手に登場し注目されたほうが良かったのかもしれない。
運要素は問題だが、あるいはそこをなんとかすれば新しい道があったのかも・・・・・・・・・

その他のクソゲーとは一線を画す鬼帝はKOTYスレ内でもある種のカリスマを放っているようだ。
発売されて良かった「クソゲー」であると私は思う。




とにかく今年のKOTYも期待したい。
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テーマ:ゲーム - ジャンル:サブカル

  1. 2010/09/29(水) 08:51:06|
  2. ゲーム
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