ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

シューティングゲームの「衰退論」云々について。

シューティング千夜一夜とかやってる「あたっく系」というブログで結構面白い記事があったので。

なるほど。STGが「廃れた」ように見えるのは過去の栄光との比較による物が大きいという感じかな。
STG全盛期、つまりインベーダーの時代からグラディウスⅢ辺りまでといったところか。
なるほどその当時はほとんどゲームといえばSTGといっても過言ではない勢いで、特にアーケードは独壇場といってもよいぐらいだった。

対戦格闘ゲームも、FPSも、その他色々なジャンルはメジャーとは言えなかった。その当時有力なゲームジャンルといえばSTGとアクション、パズルゲームにRPGといったところか。他のジャンルが(ハードウェア性能の向上などの要因か)育って来たからSTGの地位が犯されたと考えられる。
アクション・RPGはコンシュマーの花形として地位・影響力は保ったままだが、パズルゲームもその点では似たような物があるか。シューティングほどの落差がないのでそれほど語られないが。パズルゲームはアイディア勝負な面があり、ハードウェアの性能差がそれほど面白さに繋がらない。こっちはSTGではあまり語られないがそういう面もある。

アーケードのニッチは対戦格闘やら音ゲーやらに奪われたがやはりいまだに需要がある。
ただその需要は新規ファンというよりもコアゲーム化の階段を昇っていくのに慣らされたコアゲーマーによる物が多い。別にコアゲーマーがコアなゲームを求めるのは当たり前で結構な事だが、往々にして高度に発達しすぎたゲームは新規ファン獲得能に劣る。
マニアのためのゲームはプレイヤーに前提条件を求める。これは難易度だけの問題ではなく、使用ボタンの量やゲーム的常識(壁に当たったらどうとか)、求められる技能など様々な問題がある。マニア向けのゲームはそれに繋がるゲームがあり、それに馴れたプレイヤー向けの物だ。何も無いところにマニアはいないし、それに向けたゲームなど作られるはずもない(あったとしても売れない。)。
いうまでなくコアゲーマーにとってはそういうゲームでないと満足できない。そういう前提条件を持っている人間からすればそういうゲームは非常に面白い。
例えるならエベレストと普通の2000m級の山といったところか。登山の初心者をエベレストに連れて行っても死ぬだけである。
高度に発達、特殊化、畸形的進化をした物は一般的状況には弱い。最先端、つまり前衛的とはこういうことか。あるいは逆か?


となると行くべき方向性は、そのまま高尚化の階段を昇り続けるか、新規ファンを獲得し市場を広げるかといったところか。二者択一のようでそうではないのがミソ。

このままどんどんマニア向けにしていくのももちろん良い。マニア向けに洗練されたゲームはそうでない作品には達し得ない境地があり、必要不可欠なものである。とはいえ、新規ファンの増大には悪影響を与えるか。あんまりにあんまりだと物珍しさに試す人もいるかもしれないが。
別に新規ファンなんかいなくともコアゲーマーにとっては直接関係ないかもしれないが製作者には金が必要だしね。値段を上げればいいってそう簡単にはいかないし。
あるいはそういうのは同人ゲームの範囲なら上手くやれるのかもしれない。難易度は(利益云々関係なく)自由に決められるし製作者もマニアならマニアのためのマニアによるゲームとなるし。とはいえ最近の最高峰難易度のゲームはトッププレイヤーが一ヶ月かかってやっと完全クリアってレベルらしいから個人では作りにくいのかもしれないが。

では新規ファンを増やすためにはどうすればよいか。まあ色々方法はある。難易度を下げたり操作をシンプルにしたり外見を流行の物やキャラゲーにしたりチュートリアルをつけたり・・・
だがこういう解決法はコアゲーマーが喜ばない物がたくさんある。コアゲーマー以上に新規ファンを呼び込めれば製作企業としては問題ない訳だが、そう上手くいくとも限らない。マニアが離れる事を恐れてのコアゲーム化というのもあるのだ。

とするとどうすればいいのか。コアゲーマー層の期待にこたえつつ新規ファンを取り込む。そういう事が求められてくる。一見相反する二つの難題を同時にクリアせねばならないのだ。これは大変だ。
まず考えられるのが新規ファンを定着させコアゲーマーに仕立て上げるという事。とはいっても現在のコアゲーマーが辿ったゲームの道、昔のゲームからやり直せというわけには行かないからここで様々な方法がある。

まずどんなゲームでもあるような一般的なのに、最初の方のステージの難易度を下げ、徐々に上げていくというものである。とはいえ、あまりにコアなゲームでは十分に楽しめるほどゲームを進められず、何度も同じことをやる羽目になり、十分とはいえないだろう。とはいえこれはほとんどどのゲームでもあることで、この面ごとの難易度調整が上手くいっていない作品は大抵良い評価ではない。アクションゲームの大名作、スーパーマリオブラザーズの1-1は製作の最後まで調整が続けられたとか。それほど重要な物である。2周目云々もこれに入るだろう。

コアゲーマー層が好むより少し低難易度のゲームを作り緩衝地帯とする作戦。これは弾幕STGではエスプガルーダシリーズが該当するだろうか。これはそれなりにはうまくいったが、「元々弾幕STGに興味がある人」をなんとかひきつけた程度かもしれない。エスプガルーダは少し低難易度とはいえコアゲーマーも十分に楽しめる。その辺のバランスも守らなければならない辺り大変である。
難易度関係としては難易度分けというのも良くある。イージー、ノーマル、ハードとかいう奴である。
これは比較的成功しているが、イージーはイージーのゲームとして、ハードはハードのゲームとしてきちんと作るのは中々骨が折れそうである。

他にも奇抜なシステムで上級者初心者の差を小さくするとか、ライトゲーマーに人気の出そうな設定、キャラデザインという手などがあるがこういうのはコアゲーマーが嫌う傾向がある。そもそもコアゲーマーは自分が初心者よりも格段に優位である状態を失いたくないしね。

といった風に様々な展開があるがご存知の通り革命的な成功は無い(東方は例外かもしれないが、そもそも何故成功した(成功しているのか)等特殊な点も多く、この記事では扱わない事とする)。対戦格闘ゲームもあるいは「衰退」という状態に入っていたのをストリートファイター4で原点回帰という手法で回復したがSTGではこの方法は使いにくいか。対戦格闘ゲームは少なくとも相手が人である限り対等であるから。



というわけでSTGの「衰退」は、過去の黄金期との比較による錯覚であり、それは新作を作る企業の(企業が被る)問題であり、不可避の高尚化とそれによって生み出されたコアゲーマーとライトゲーマーの両立の難しさからくる物であるというのがまとめである。


コアゲームは前衛音楽に近いのかクラシックに近いのか。クラシックは過去の名作や過去の名作風ゲーム(パズルゲームの類やロックマン9とかNewスーパーマリオブラザーズみたいな?)で、ポップやメタルはノベルゲームやFPS、RPGやアクションはバラードやラブソングといったところか?としたらコアゲームは前衛音楽の類といっていいのかもしれない。いや、デスメタルとかのほうが近いか?その極限さは。まあ前衛音楽とデスメタルは時に似ているが。
高度に発達したAはBと見分けがつかない。
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  1. 2010/08/20(金) 22:45:30|
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