ネット世代の雑評論

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創作における世界観設定について駄文を垂れ流す

世界観 ピクシブ百科事典
J・R・R・トールキン - Wikipedia



世界観。原義でいうと世界の意味を問うたり、その人にとって世界とはなんなのかということを指す言葉であるが、今回語るのは創作における世界観設定、つまりフィクションにおける世界がどういう設定なのか、という意味での世界観である。

世界観設定はある種の創作作品における設定の要である。
いかに現実世界を舞台にする作品で、現実の市町村を舞台にしても、フィクションである以上、普通そこには架空の舞台が存在する。
作品のフィクションの度合いが大きくなるにつれて世界観設定の比重も指数関数的に大きくなる。

例えば超能力が存在しうる現代地球ならばそれに関係する組織もあるべきだし、それに付随して超能力の分類区分などの設定も存在しなければならなくなる。それに、現実の歴史を超能力があること前提で改変しなければならない。

近未来が舞台のSF作品ならば、現実からどういった事が起こりその結果何がどう変わったかという部分が重要視されるであろう。

遠未来、という言葉も曖昧な話だが、地球がどうこうとかもはや関係なくなったような銀河を巡るスペースオペラならば、宇宙の星々それぞれの世界について、宇宙人について、技術設定周りなど世界観設定は多岐にわたる。

ましてや、現実地球との糸が切れた完全な異世界ファンタジーならば?
世界の成り立ちから作中時間軸まで(あるいは未来、終焉まで)の歴史、神話、
言語から食、習慣、建築様式やらファッションやら宗教やら娯楽やら諸々の文化、
生物環境、特に知能、文化、文明を持つ種族関係、
果ては物理法則、または物理を超える世界独自の法則などまで全てを考えねばならない。
むろん、それらは独立して設定されるべきでは無くそれぞれ深くつながりを持って描かれなければならない。

が、現実的にそこまでは行われていない。労力に比して効率が良くないし、設定ばかり作中で語られてもうざったいだけである。あくまで裏設定として作品を支えるべきそれにどこまで力を入れるべきなのかという物がある。
それに、よく出来た世界観設定は人々の興味を惹きリアリティを向上させるが、ヘタな世界観設定はむしろマイナスで、むしろ空白にしておいた方が受け手の想像で埋められて良い場合もある。


そういった世界観設定を語る上で避けて通れないのは指輪物語、というかその前作のホビットやら、過去の話なんかを書いたシルマリルリオンを含めたJ・R・R・トールキンの作品群の世界観だろう。

それ以前のファンタジー創作というと、神話や童話、民話などを基盤とした世界観を持つ作品が多かったか。かなり奇抜な不思議の国のアリスやオズの魔法使いなどは、まあそれはそれでいいのだがリアリティという物には欠けた物であった。
英雄コナンシリーズやラブクラフトの神話作品群などは創作の結果として世界観が広がって言った物という印象である。

トールキンの作品もそういうところはあるが、より繊細な世界観設定を行っている。
特筆すべきは言語設定だろう。トールキンは言語学の教授(専門は古英語、古ノルド語だが様々な言語に習熟していた)であり、人工言語として有名なエルフの言語、「クウェンヤ」、「シンダール語」を含め種族ごとに幾つもの言語を作った。そしてそれらの言語が誕生した経緯としてその歴史を作った訳だ。

学問レベルでの人工言語は並大抵の作家では真似することが出来ず、そうしてここに作品世界に強いリアリティをもたらす世界観設定があるという訳である。
Wikipediaのトールキンの項によると、

引用
彼は作品以上に、言語の面で以後のファンタジー文学に広く永続的な影響を及ぼしている。特に"dwarf"(ドワーフ)の複数形を"dwarfs"ではなく"dwarves"としたり、"Elf"(エルフ)の形容詞形を"elfish"ではなく"elvish"と表記する慣例は彼によって生まれた。

中々に凄まじいものがある。


どんな作家も、異世界の全ての点を現実世界と同じレベルで描写、設定することはできない。
おおよそ世界という物を人一人で把握することは困難なのだ。それにトールキンもそうだったが世界観設定にばかり力を掛けると時間がかかって仕方がない。

とはいえ、トールキンが言語でやったように一つの点で詳細に描写することはリアリティの向上につながり効果的な手法であろう。
例えば食文化についてその世界各地のそれについて設定を作ればそれに関連しその地域別の環境なんかもできるし、そうなれば現在に至った歴史なども作られる。
政治でも経済でも環境でもなんでもいいので一つの事を極限まで詳細、繊細、精微に設定を作れば他の世界観設定も同調してリアリティのある世界が出来る。更に言えば作品のテーマやサブテーマも確保できるわけだ。


つまり飛躍すれば、良いファンタジー創作を書くならば、学問をやれという事である。
いやもちろん世界観設定とか別として良い作品も多いだろうが、深みを与えるならばやはりそういう、専門知識というべきものは武器となるだろうという事。

一つの学問は全てに繋がるが、一つの学問を究めたからと言って全てを知ることはできない。
だがそれはそれとして、一つのリアリティは生まれるのだ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2016/05/14(土) 22:07:29|
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