ネット世代の雑評論

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インターネット探訪「和語探検記」水の正体など

和語探検記
和語探検記 語誌 (1)

日本語の起源 - Wikipedia


日本語というのも謎の多い言語である。
まあそもそもからして言語の成り立ちというのはホモサピエンスのホモサピエンス足りうる大きな謎があるのだが、それぞれの言語がどういう成り立ちか、系統か、というのも謎である。
そしてその言語の文法からアクセント、単語の一つ一つに至っても謎がある。世の中に言語学者の類がいるのはそのためなのかもしれない。

日本語は東欧から中央アジア、東アジアまで広がるアルタイ語族説や台湾から東南アジアの島々、マダガスカルなどに広がるオーストロネシア語族説、あるいはあまり例のないことだがその混合言語とする説、他にも中国語に関係がある朝鮮語に関係がある高麗語に関係があるアイヌ語に関係があるだの様々な説があるが結論は出ていない。
比較神話学や分子人類学などの知見も併せて考えると私には混合言語かなとも思えるがまあ詳しいことはわからぬ。

で、こうしたややこしい経緯をたどった日本語だが、当然古代の日本語と現代の日本語でまた大きく違う。

その辺について詳しいのが冒頭のサイトである。中々面白い事ばかり書いてあるのでついリンク欄に追加してしまった。
特に面白いとおもったのは「みづ」、つまり「水」についての記述である。
細かいことは直接サイトを見てほしいが結論を引用すると、

引用

 最初に種明かしをすれば、実は、「みづ」は、やはり「み+づ」と分けられるのであるが、和語における水の正体は、前項の「み」ではなく、後項の一拍語「づ」にあったのである。和語には多くの例があるように、「づ」は「つ」が連濁を起こした形で、本来は「つ」である。「みつ」である。そして和人は、もともと水を「つ」と呼んでいたと考えられるのである。つまり「みつ」は、「みち御路*道」「みね御峯*嶺」「みや御屋*宮」などと同じく、和語でよくある「つ水」に敬意を表した表現「みつ御水」であり、そのように繰り返し使っているうちに、いつか「みつ」は連濁によって「みづ」となり、更にはいつしか肝心の後項の「づ」が擦り切れて忘れられ、ついに和人自身も水は「み」と思い込むようになったと考えられるのである。

ほう。面白い。
万葉集の詩人たちですら「み」で水を現すと思っていたという。
津波の津もまた同じそれか。汁、露、梅雨もつが入ってる。冷たい、注ぐ、漬けるなどつがつく動詞の文字にサンズイやニスイと水を現す編がついているのも印象的だ。

そうなると、お水というのは御御水、と訳のわからないことになってるのだなあ。まあそれをいえばお宮も御御屋とかになるわけだが。



言語というのはやはり学術分野の中でも面白さの多いものだ。
これだから言語学者は絶滅しない訳だ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2016/03/24(木) 02:44:41|
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