ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

ニンジャスレイヤーと東方project、相似点と相違点、一方の際立った特徴に対するもう一方のそれなどをまとめる

ネット世代の雑評論 ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン、その演出の意味を考察する


ニンジャスレイヤー。twitterで連載しているWEB小説で、サイバーパンクニンジャ活劇などと表現される。翻訳小説という体で無茶な日本語を使ったりして結構話題になっている。
東方project。同人シューティングゲームであり、巫女や魔法使いなんかを操って妖怪なんかを蹴散らしていく弾幕STGである。完成度の高い演出やキャラ設定などで二次創作同人界ではひたすら巨大な存在となっている。

この二作品、接点が無いように見えて、似たところや、まるで逆なところなどが多い気がする。まるで逆というのは無関係な位置にあるよりもある意味で近い。
今回はニンジャスレイヤーと東方projectを様々な面から比較し、二作品がどういった関係にあるのか探る。
ではスタート。


1.メディアミックス、二次創作に対するスタンス

両作品はこの点で非常に似ている。メタな部分だが始点はここからだ。

基本的に二次創作については非常に緩い。しかしメディアミックスは、両作品ともに盛んに行っているが、例えば漫画の場合、ニンジャスレイヤーではかなりの強権を持った監修を原作者が行っているようで、東方ではゲームの漫画化ではなく漫画用に物語を書いている。作画がいるというだけである。

そしてアニメ。東方は同人でも会社が関わったアニメ化を禁止している。ニンジャスレイヤーについてはアニメがWEBのみのものが公開されたが、半分FLASHアニメめいたかなり挑戦的、あるいは挑発的な内容であった。
要は、どちらも作品を原作者のコントロール下に置いているということである。そうでなければ野放図に儲けに走るように現代社会は出来ている。両作品ともに「まともに」アニメ化すれば一気にドル箱になったであろう(わからんが)がそういうことはしないのだ。

作品が原作者の手を離れた時に起きる悲劇はよくある。それを両者ともによく知っているという事だろう。


2.世界観

ニンジャスレイヤーの世界観設定、ネオサイタマ(いやキョートとかにも行くが世界観の名称として)はサイバーパンクな近未来ディストピア都市でジャンルとしてはSFとなる。
返してみると、東方projectの世界観設定、幻想郷は妖怪蠢く現代異世界ユートピア辺境でジャンルとしてはファンタジーと、両者とも日本が舞台である以外は鏡写しのように真逆に思える。

誰だったかがSFは可能性の文学でファンタジーは不可能性の文学だと言っていた気がする(検索しても出なかった)。要するにSFは論理で説明がつく物語のに対しファンタジーは論理を超える物語だといったぐらいの話だが、私の定義ではSFは現実の延長線上にあるものを描くものでファンタジーは現実を延長してもあり得ない、非現実を描くそれと考えている。つまり、SFは現実、現代社会の問題なんかを強調して色濃く表現するが、ファンタジーは、こう書くと語弊が生じるが現実からの逃避というのがある。

なるほど、SFらしいSFがディストピアなのは現代社会の問題を表現しているからで、ファンタジーらしいファンタジーの世界はそこに住みたいと思えるのは現実からの逃避先だからなのかもしれない。
ネオサイタマと幻想郷の差もそこにあるか。作品中ではんば地獄のような扱いを受けるネオサイタマと、楽園と明示される幻想郷。
真逆であるようだが、結局は現実とどう対峙するかへの回答というところがSFとファンタジーの関係性ともいえる。

しかし、その中でもねじれの関係があって、ニンジャスレイヤーではディストピアSFらしく真っ向からわかりやすい社会風刺に満ち溢れているが、東方でも、大きく目立ちはしないものの辛辣な社会風刺が含まれている個所も多いのだ。

SFの大家アイザック・アシモフがユートピア小説は完全なユートピアになるほど面白くなくなるみたいなことをエッセイで書いていた気がするがその辺が理由だろうか。問題があるからこそ物語が成り立つのだ。


3.主人公、および物語の進行方向

ニンジャスレイヤーは主人公タイトル、主人公の名前がタイトルだが、まあファンの間でもこういうのはわかりにくくなるので主人公を指す場合人間としての名前であるフジキドと呼ばれる。
東方の主人公は霊夢である。他にも自機は選べたりするし漫画だと別に主人公がいたりするが東方project自体の正主人公は常に霊夢である。
フジキドと霊夢の比較といこう。

まず無難なところから。色。二人とも印象的な色で、色の名前だけで呼ばれることも少なくはない。赤黒と紅白である。
どちらも赤が含まれているが、まあ主人公が赤なのはゴレンジャーもマリオもそうだしどうという話ではない。色を現す言葉で赤だとかRedだとかは一番メジャーなんだっけ?人間の認識レベルの問題である。
で、残りの色が黒と白で逆じゃんと飛びついてもいいが、フジキドのそれは暗い赤という意味の赤黒で、絵などでは服の皺が真っ黒に書かれた赤いニンジャという具合だが、霊夢の紅白は紅と白で色分けされた巫女装束(多少奇妙な形の)という意味である。その差がどういう意味を持つかはわからない。

で、役割。フジキドは復讐を目的にディストピア世界観の闇の秩序と戦う混沌の使者である。
霊夢は幻想郷を守るために異変を起こす妖怪共を退治する秩序の担い手である。
殊更に逆に見えるように書いた感もあるが、実際立場が真逆である。
フジキドはまるで容赦がなく、霊夢は妖怪対峙しているときは容赦がないが、終わると割となんというかなあなあである。

あとまあ、こじつけといえばそうだが、どちらも作中基準で肉弾戦に定評があるか。霊夢は第一作目からサマーソルトキックしてたもんね。
そしてそうでありながら遠距離戦もしっかりする(スリケン、お札……)という…… まあこじつけにしか思えないか。

そうそう、それと両者とも戦うキャラクターというのも同一。まあそれは普通といえばそう。


4.キャラクター

東方の男女比は各地で話題になるが、ほぼ女性しかいないとも言われる。実際男キャラを数えればまあ両手の指では数えられないぐらいはいるのだが、戦闘するのはいつも少女である。
ニンジャスレイヤーは主人公側に戦う女性キャラが数名いるが、ニンジャは基本男が多く女ニンジャは珍しいとされる。まあいうてそこそこいるが。戦うのは基本大人だというのにも注目したい。ヤモトとかアズールとかはまあ少女と言って言えなくはないし、ヨロシサンのバイオ胚から産まれたバイオニンジャは実年齢にすれば3歳ぐらいだとか言えなくはないが。
これもユートピアでの戦闘とディストピアでの戦闘という差であろうか。

そしてキャラクターの死亡率。東方は、過去の話以外で死亡したキャラはほとんどいない(易者は例外)。竹本泉的な少女がわいわい暴れる雰囲気を受け継いでいるというか。
ニンジャスレイヤーは死にまくる。特に敵ニンジャはほとんど死ぬ。死んでやっとそのキャラクターが完成するという考え方かもしれぬ。ハードボイルド?

そしてキャラクター数。どちらも滅茶苦茶多い。そしてそれぞれのキャラクターに違った魅力があり、ファンがいる。

そういえば東方ではニンジャは出さないとか言ってたっけ?


5.ファン層

詳細について知っている訳ではない。
しかしニンジャスレイヤーはコアな層が多く、東方はファン層が老若男女かなり広い感触を受ける。



こんなところか。
両者とも近年強い人気を誇っている作品であり、その関連性は多くの示唆を含んだものである。
人気はあるべくしてある。二作品とも、同じような方法、あるいは違った方法でファンを増やしているというのがよくわかった。
創作者はこういった例を、あるいはメタレベルで参考にするといいのかもしれない。内容をパクってもしかたないが。
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テーマ:東方 - ジャンル:サブカル

  1. 2015/12/10(木) 01:15:25|
  2. 東方
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