ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

Wikipedia探訪「グレート・ゲーム」

グレート・ゲーム - Wikipedia

グレート・ゲーム。英語にするとThe Great Gameと、Theが付く。
19世紀の初めから21世紀の今までに渡って、数度の休止を含んで繰り広げられる中央アジアの利権を巡った大国の攻防を指す。最も巨大な大陸であるアジア大陸を舞台に繰り広げられる、最も強力な国々の、最も壮大な「ゲーム」。であればこそのThe Great Game、Theを付けて呼ぶべきそれなのだ。ただグレート・ゲーム、大いなるゲームといえばこれを指せ得るということなのだ。

詳細はWikipedia記事に譲るが、こういう見方もあるのかと感心した。学校世界史で学ぶ視点とは違う向きというか、学校の歴史の授業でも年代とか登場人物の名前だとか事件の名前とかを教えるだけじゃなくて、歴史の事象に対するその意味その意義をもっとよく解説してもらいたかったものであるが、まあ無理か。


基本的にこのブログでは政治に関しては何も語らないことにしているが、ちょっと最近の事象に関しても触れておこう。
結局、ISISだかが最近も色々やってるのもこれの延長線上なわけだよね。ゲームをコントロールできているプレイヤーがいるのかどうかは知らないが、その中で被害を受ける住民の怨嗟は相当なものになっている。
空爆はテロリストを減らすのではなく増やしているのかもしれない。仮にISIS工作員を皆殺しにしても思想を殺すことは困難であり、思想まで根絶やしにするほどのことをすればまさしくディストピアSFが予言した未来まで一直線であろう。
じゃあどうすればいいのかというとそりゃ対案がすんなり出てくればすでに解決しているはずである。解決不能な問題というのもあるかもしれないが、イスラム教がどうのというのは問題の中心ではなく、やはり貧困だの格差だのその辺が問題の本質ではないのかなと思う。

あるいは当事者国、グレートゲームの参加者は問題を解決する気がないのやも。どうにもここまでくると何が主体で物事が動いているのかすらわからなくなってくる。わからないことを断言するのは嫌なので政治について語りたくないのだ。

大国の首相、貧困国の乞食。共に同じ人である。しかしそれは生物学上の意味でしかなくなって来ているのが現代なのか。
人権は天然自然のモノではなく人が作り出した便利な道具であることを忘れてはならない。多くの人がそれを強く求めてこそ、それは動き始めるのだ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2015/12/04(金) 00:12:44|
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