ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

アイザック・アシモフのロボット長編シリーズを読んだので感想。ファウンデーションシリーズとの関連など

Wikipediaより
アイザック・アシモフ
ロボット工学三原則
鋼鉄都市
はだかの太陽
夜明けのロボット
ロボットと帝国
ファウンデーションシリーズ
愚行権

当然だがネタバレ満載である。古い作品であるし過度の配慮はしない。




アイザック・アシモフ。知らない人は少ないだろう。
アメリカSF界におけるビッグ3のうち一人、私の認識ではその筆頭、であり、SFに限らず幅広い著作活動を行っていたことで有名である。特にミステリ方面に関してはかなり大きな功績を残している。

今回読んだロボット長編シリーズはロボットが出てくるSFであり、刑事が出てくるミステリであるSFミステリである。
鋼鉄都市では私服刑事イライジャ・ベイリと「宇宙人(スペーサー)」製のきわめて人間によく似たロボット、R・ダニール・オリヴォーがコンビを組んで宇宙人の殺人事件を追う。ここでいう宇宙人とは宇宙に進出した寿命400歳のロボット社会の人間である。
はだかの太陽ではまたも二人がコンビを組んで宇宙人の惑星の一つソラリア、極限までロボット化された世界での殺人事件を解決する。
夜明けのロボットでは宇宙人の最大の惑星オーロラでのロボット殺し事件から人類社会の命運を掛けた話にベイリが巻き込まれる。
ロボットと帝国では地球人が宇宙に進出した後、ダニールと心の読めるロボット・ジスカルドのコンビがロボット三原則の中でオーロラの闇に動く陰謀を探る。

そう。ロボット三原則、正式にはロボット工学三原則。

引用
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

これは現実のロボットにも応用されるほどに高名なもので、アシモフの小説ではミステリの枠として用いられた。密室を使う代わりに、ロボットに絶対破れない法則として組み込み、それをいかにして破るかというのをトリックとした、という訳である。
この三原則は決してロボットには破れず、近い行動を不可避にとってしまっただけでもロボットの「陽電子頭脳」は悪影響を受ける。

これによって、アシモフが言うところのロボットに対するフランケンシュタイン・コンプレックス、被造物が創造主に歯向かう事に対する恐れを取り除いた訳だ。アシモフが小説を書き始めるぐらいのころはロボットの反乱というテーマが溢れていたのでそれに対するアンチテーゼというところもある。


この三原作は、現実にもありがたがられている感もあるが、作中でも指摘されているとおり欠陥も多く、スペーサーの社会は崩壊する。
そしてファウンデーションシリーズのような、銀河系に繁栄する生物は人間のみという世界になっていったわけだ。
長編シリーズをつなげて一つの未来史を完成させたアシモフの仕事は称賛に値する。


ここからは自論であり、個人的な意見である。
三原則はロボットを縛り付けて家電のように扱うための枷であり、その実、ロボットをその語源である労働という身に沿って奴隷にするための呪いである。
知性を与えたはいいが自由を与えることはしなかったという訳だ。キリスト教の神、創造主が知恵の実を食べたアダムとイブ、被創造物を楽園から追放したという神話のカリカチュアに感じる。
結局第零法則を編み出し、人類に心理歴史学とガイアを与えたダニールはある意味でそれを超克しており、その点も含め人間のカリカチュアであり、同じことの繰り返しである。
アシモフは知性、合理性を重視するが、それに捉われ過ぎてしまっている感が否めない。結局陰から心理歴史学者たる第二ファウンデーション、人類を一個体とするガイア、人類の庇護者たるロボットダニールに人類を管理させてしまう。なるほどほかの手段では人類は闘争の果てに滅びるという一種の絶望感、諦念があるのだ。ファウンデーションシリーズの彼方と地球の主人公であるトレヴィズがガイアを支持しながらも不満気にしていたところにアシモフの迷いというか、自省というか、が見て取れる。


こうして鋼鉄都市からファウンデーションの誕生まで通しで読むと、アシモフの思想たるものがわかる。
知性を殊の外重視し、愚行権を認めない。人類、というか社会は論争や闘争を超えて進歩しなければならないという考え方だ。
まあ、アシモフがそう考えるのは結構で、実際悪くない思想だが、私にしてみればそればかり重視し過ぎではないかとも思える。どのみち世界観の修正は最後のほうには不可能だったのかもしれないが。
結局、どんな社会でも極端まで突き詰めるとディストピアになるということかもしれない。バランス感覚と客観性をもって世界は創造すべきということか。

アシモフの作品は古典として永遠に残り得る。その足元にたどり着くことができるかどうか。偉大な巨人の肩の上に立つだけでも容易ではないということ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2015/09/27(日) 23:21:23|
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