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「空亡」という名の妖怪

空亡(そらなき) (そらなき)とは【ピクシブ百科事典】
妖怪邸・妖堂 日記帳: とりあえず、日の出 -妖怪百鬼夜行進 終-
TYZ:空亡
soranaki

妖怪 - Wikipedia


空亡。「くうぼう」とも「そらなき」とも読むが、妖怪、あるいは妖怪のようなものである。そして、妖怪だとする場合、最強の妖怪、という話がくっついてくる。
巨大な赤、もしくは黒の球体で、妖怪たちが逃げ惑うほどの強大な存在である、となる。百鬼夜行の最後尾に位置する、とも。

この妖怪の生まれた、あるいは創作された、現出した経緯は良くわかっている。
元々の大元は、大徳寺真珠庵所蔵『百鬼夜行絵巻』の最後に描かれた太陽である。

百鬼夜行とは日本の説話に登場する鬼や妖怪の群れで、夜中に群をなして行進して、まあ見たら死ぬとか読経とか呪文とか唱えてたら何とかなるとか朝日が昇れば鬼たちも退散するとかそういうアレである。英語に直すとNight Parade of One Hundred Demonsとなるらしく何か楽しげだ。

で、それを絵にしたので一番有名なのが真珠庵のであるが、まあ真珠庵のじゃなくても最後に太陽、朝日が描かれるというのは普通である(たぶん)。
百鬼「夜」行だしそりゃ朝になったら終わる。
要するに、闇に生きる妖怪のパレードが朝日によって消滅、退散させられるという話。人は闇に恐怖を覚えるもので、妖怪のような怪物が闇に関係づけられるのはまあ普通のことである。あまり白昼に妖怪は見ない。見たとしたらそれは酷い幻覚だろう。まあ夜中に見るのもなんかの勘違いなのだろうが。
朝日におびえて妖怪たちが逃げ惑っている、という具合である。

しかし、この百鬼夜行絵巻の太陽。やけに禍々しくも見える。そりゃあ、朝日が赤いのはそういうものといえばそうだが、周りが黒く塗られているのは闇を切り裂いて朝日が昇る表現だとしても、他の百鬼夜行の妖怪たちの周りには闇は無い。夜のはずなのに、「朝日」の周りがよりどす黒いのは何故か。


まあそれはいいとして、真珠庵の百鬼夜行絵巻の絵が使われた、2002年に発売されたフィギュア「陰陽妖怪絵巻」に同梱されたトランプ「陰陽妖怪絵札」で、太陽が空亡という名で二枚あるジョーカーの一つだった。
これは、その監修・主要執筆者である荒俣宏が、太陽が一日の暦の切れ目、「空亡」をついて転がり落ちてくる、という設定を与えたからである。そして、空亡は六曜と六曜の間、仏滅にも関連付けさせたり、天中殺の別名だとかそういう話も持って来たりと意味深な話になってくる。

この時点では「空亡」という言葉は妖怪を指していない。


妖怪としての空亡が出現したのは、2006年発売のゲーム「大神」のラスボス、「常闇ノ皇」である。
黒い球体で赤い文様が描かれていて暗黒の太陽といった具合だが、後に発売された『大神絵草子 絆 ―大神設定画集―』で、「常闇ノ皇」の初期案での名前は空亡で、実在の妖怪であると書かれている。
「百鬼夜行絵巻の最後に登場してすべての妖怪を踏み潰す最強の存在」とまで書かれているらしい。

恐らくは、「陰陽妖怪絵札」の解説を勘違いして受け取ったのだと思われる。


ここから空亡という妖怪が生まれ落ちた、と言ってしまっていい。
そこからふたばやらアンサイクロペディアやらなんやらで色々設定を増やしていき、今のイメージが固まったと考えられる。
詳しくはこちらのサイトとか参照



では、「空亡」は、架空の、でっちあげられた妖怪なのかというと、妖怪という言葉・概念の性質から言って必ずしもそうとは言い切れない。クトゥルフ神話の神々が現実世界において神と言えないのとはイコールではないのだ。

詳しく定義を述べるのはクッソめんどくさいので避けるが、妖怪とは日本の伝承上の迷信や説話、記録上の怪物、とは限らない。
現代でも都市伝説でトイレの花子さんやら口裂け女やらが生まれているし、割と昔から今に至るまで創作された妖怪というのは多い。あの水木しげる先生も創作妖怪をいくつか作中に混ぜて書いている。

空亡も、一ゲーム内のラスボスから抜け出て、様々な漫画やら小説やらに出ている。タケヲちゃん物怪録では主要なテーマというか、ストーリー上凄い重要な位置にいたりした。
この前買った東方の二次創作同人誌にも出てたし。
空亡は、「妖怪」であると言っていいだろう。

東方と言えば、Win版第一作東方紅魔郷1面ボスルーミアの正体が空亡である、という言説もある。
これは大神の発売時期と東方紅魔郷の頒布時期を鑑みると明らかに偽であることがわかるのだが、闇の妖怪であり、具体的な妖怪名がなく、お札によって謎の封印がなされていて、黒い球体のようにもなるといえば関連付けられてもまあおかしくはないというか、面白いこじ付け、と言えるだろう。ルーミアが闇とかいう属性持ってるのに一面ボスなのは紅魔郷のテーマが出落ちだかららしいが。
暗黒太陽というならば霊烏路空に当てはめるのも面白そうなものである。


まあ、妖怪最強議論でもってくるのが妥当かどうかはまた別の話だが。妖怪最強、という設定を持っている近年発生した妖怪。反則な気がする。まあ妖怪という概念には最強議論がなじまない気もするね。それでも決めたくなるのが人間だが。


空亡。百鬼夜行の最後に描かれる太陽を妖怪に見立てたもの。あるいは見間違えた、勘違いしたもの。妖怪とした、もの。妖怪変化した太陽。
百鬼夜行、あまねく妖怪の最後列、番外であり、朝日、神聖な光を使い妖怪を押しつぶす禍々しい妖怪火の玉。妖怪喰らいの妖怪。闇の太陽。偽太陽。反太陽。反キリストならぬ反アマテラス。堕ちた天照大神。妖怪最強、妖怪の神、妖怪皇祖神とまで空想できる、よく出来た構図である。※追記 百鬼夜行絵巻の最後を飾り作品を終わらせることからメタフィクション能力を考えることもできる。例えば幻想殺し的な。創作世界の破壊者。黒い太陽ということで日蝕なんかと関連付けてもいい。とかく象徴的な妖怪である。
蛇足だが一番最初に描かれるのがぬらりひょんで、だからこそぬらりひょんは妖怪の総大将である、という言説も聞いたことがある。
妖怪という曖昧模糊な概念の中でいろいろ想像するのは面白い。
九尾の狐やら酒呑童子、崇徳上皇なんかも強い妖怪だとされるが、それと比べてどうか。
なるほど、最強議論なんかもしたくなる。妖怪創作にも奥の手として出せるし、妖怪という生きた文化の中で「空亡」は良い働きをしているのではないか。そうも思える。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2014/10/22(水) 00:45:36|
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