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ねじまきカギュー 最終巻出たので全体を振り返る 第二回展開編

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ねじまきカギューの名前元ネタ考察など


全体の振り返りキャラ編1
全体の振り返りキャラ編2
全体の振り返りキャラ編3
全体の振り返りキャラ編4
全体の振り返り展開編
全体の振り返りテーマまとめ編

展開編。今回はねじまきカギューの全体の展開を追い、いろいろ考えてみる。

とりあえず分類すると、
転校生カギュー編
風紀委員編
窈編
生徒会編
選挙編
二千恵過去編
島編
二千恵理事長編
カモ理事長編
最終回
ぐらいに分けられるか?それぞれの途中に日常回とか新聞部とか挟まってたりするが。

メインは、風紀委員編、生徒会編、選挙編、島編、二千恵理事長編、カモ理事長編あたりか?

まあ順を追って見ていこう。
転校生カギュー編ではカギューはカモに迫るエグ美、富江、朱羽の三人を撃破し、友人とした。いやエグ美がカギューの友人になるのは正確には風紀委員編の最初だが。
ここでは略奪愛の否定、カギューの愛の純粋さ、カギューの強さが描かれている。
強さ=思い、愛であることが既に暗示されているわけだ。

風紀委員編では風紀委員たちをぶったおす。カギューの友人達は幹部であるマチルダを3人がかりで撃破。
風紀委員たちは紫乃に対して上司部下の関係で愛している。特にオルフェは変態的なまでの愛の権化で、自己犠牲的な愛については否定されるモノの、別に変態性に関しては作中のどこでもスルーされている。風紀委員がこれでいいのかとも思うが、「愛は風紀よりも尊い」のだろう。カギューが一度カモに拒絶されたりとかもある。生徒と教師の愛。タブーであるが、愛の前には関係がないのか?
で、紫乃はカギューと同様カモを愛している。しかし紫乃は感情を隠している。それが勝負の結果になってるんだよね。思いが力になる世界。
カギューの友人たちは友情という形の愛をカギューに向けている?ややこしい話だが、さて。

窈編は生徒会編の伏線のようなものだが、女装をした男子が女性に恋するというのがまたややっこしい話。
男女の違いという話をその境目にある窈を持って明確に描こうとしている?カギューを愛するキャラを出すことでよりテーマを深化させているというか。

で、生徒会編。一番長いわけだが、一番バトル漫画に寄っている。
マブルゥや衿沙の存在もあり、家族愛が主要なテーマとなっている。カモの八方美人な生徒への無条件の愛もマブルゥが出てきたことで掘り下げられる。
基本的にカギューはカモを守りたいだけで受動的なんだよね。マブルゥに衿沙がカモを狙うことで初めて動きがみられる。
螺旋の真理。修行回の結論をカモの特徴とするのは面白いが、カモに求心力があると言われてもやや説得力がない気も。
学園全体について描かれて、衿沙が起こした個性狩りやらなんやらで話が大規模に動く。衿沙の目的は結局のところ二千恵理事長に認められたいからなんだよね。その中でさんざ迷惑をかけたが、理事長に受けた罰はあくまで負けたことに対する罰。愛を求めることで他がどうなってもそれは重要ではない、あくまで愛があるのみというスタンス。
しかしカモは衿沙の罪を一身に背負う。こういう自己犠牲の、無条件の愛こそがカモの本質。しかし、カギューに対する特別な愛もまたある。

選挙編で。選挙、候補者に対する投票も一種の愛の表明と言って言えなくはないか。
ここでは紫乃が主役となっていた。まあカギューが生徒会長とかできるわけないし選挙も無理だしなあ。
紫乃、生徒会長、つまり上に立つ者の愛が描かれているのか。
その中でカモは衿沙が幼児対抗している、生徒を救えなかったことを知る。ここで二千恵理事長に「愛を教えて殺る」というカモの目的が生まれる。この辺りで主人公っぽくなってくるんだよね。カギューは目的が一貫してるが。

で、島編。ここでは二千恵理事長葬式編でわかることだが風蘭に対する二千恵の愛、それとカギューが嫉妬を覚えそれを自分のものにするのが主要な事項か。
暗殺者たちは5つの感情を特化させている。しかしカギューには雑多な感情は入り組んでいる。しかしカギューが勝つ。愛には嫉妬も含めた複雑な感情が必要だということだろう。
マルマンは感情遮断実験の実験者でありながら雑念多いよね。ガガリに対してどういう感情を持っているのか。二千恵を愛しているし、全くどうにも不完全な人間である。
で、まあこの辺りで打ち切りが決定していたらしく、やや話が雑になっている感がある。衿沙の復活関連、風蘭と衿沙、ガガリ戦が凄くあっさりしていた、その他いろいろ……
ガガリは螺子巻拳の異端であるZZ拳の継承者という設定があるのにもかかわらず、あまり活躍できなかった。打ち切りの被害者というわけだ。一度、弱っていたとはいえカギューを倒したのだが。暗殺者、殺人という行為に対しても十分な描写がなかったとも。突然漫画の雰囲気が変わったにしては、何事も語られずに終わった。

そして二千恵理事長の葬式。理事長には感情がないのではなく、愛があっても知らなかった、理解できなかったということ。故に愛を知ることでそれまでしてきたことにより良心が二千恵理事長を殺す。
二千恵理事長はカモと似た人間であるという描写が何度かされている。怪物的な個性の持ち主に愛される人間で、誰よりも愛を求めている。カモにはカギューがいたが、二千恵にはいなかった。二千恵は母を殺したが、カモは事故で両親を亡くした。
愛ゆえの悲劇。愛を知らぬが故の災害。愛の重要さが重点されている。

で、カモ理事長編になる。アリスやカモ、森により愛と死の関係について語られる。
カモは二千恵理事長を「殺し」殺人者に、森は二千恵理事長と死別、森はカモ理事長を愛していながらも殺そうとする。そしてカギューは劇薬をカモと一緒に飲む。
全てが愛という文脈で描かれ、死という障害に立ち向かう。
森センセはやや中途半端だったが、作中における死を象徴させているのか。絶対性を持つ死は極限の愛であるカギューに破られる。

で、最終話。愛が最も重要なものであると締めくくる。
カギューとカモがいる場所が非現実的で、しかし子供が現れることから二人の生死は定かではなく読者にゆだねられる。しかし生死よりも二人が一緒にいて愛し合っているということが重要であると言っているわけだ。



こうして見てみると、本当に愛というテーマに殉じた漫画であるのがわかる。特に後半になるにつれてその傾向は顕著である。
バトル漫画としては序盤のが濃かったか?まあどのみち、結局のところ、ねじまきカギューはバトル漫画ではない、少なくとも第一義ではないわけだが、その辺は次回に譲る。
一方で、描き切れなかったモノも多く存在し、その辺りでやや中途半端になっているのは打ち切りの弊害であろう。逆に打ち切られたからこそ、愛というテーマに筆量が集中され、濃厚なものになったともいえる。

ねじまきカギューにおける愛とはいったいなんなのか。それを含め最後のまとめを次の記事でやりたい。
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テーマ:読書 - ジャンル:サブカル

  1. 2014/07/27(日) 03:01:21|
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