ネット世代の雑評論

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ライトノベル定義論 人は何を見てライトノベルかどうかを判断するのか

ライトノベル - Wikipedia
ライトノベルの起源とは?

ネット世代の雑評論 ライトノベル定義論・ライトノベルのライトとは何か
ネット世代の雑評論 主なライトノベルレーベルとその特徴
ネット世代の雑評論 ライトノベルレーベル、その昨今の勢力図を見る ちょっと古い情報かもなので注意。最近また増えてきてる感もあるし。


ライトノベルとは何か。ライトノベルの定義とは。
これには今まで様々な答えが為されたが、満足いくものは決して生まれることが無かった。

Wikipedia、ライトノベルの項より

引用
定義の曖昧さ[編集]

ライトノベルとその他の小説の境界は曖昧であり、そもそもはっきりとした定義を持たないことから、「ライトノベルの定義」についてさまざまな説がある。
ライトノベルを発行しているレーベルから出ている
ライトノベルは出版側のマーケティングにより創られた「ジャンル」であるため、出版社がその旨宣言した作品
マンガ・萌え絵のイラストレーション、挿絵を多用し、登場人物のキャラクターイメージや世界観設定を予め固定化している。
キャラクターを中心として作られている
青少年(あるいは中高生)を読者層に想定して執筆されている

など、様々な定義が作られたが、いずれも一長一短があり、循環的な定義もあるので、どの定義も結論とはなっていない。そのため、通常「ライトノベルの定義」について語るときには、以上に挙げたものを複合的に採用しつつも「はっきりとは決めない」というスタンスに立つことが多い。その顕著な例が、巨大匿名掲示板『2ちゃんねる』内の「ライトノベル板」における定義「あなたがライトノベルと思うものがライトノベルです。ただし、他人の賛同を得られるとは限りません。」である[2]。

ということらしい。

この記事では、ライトノベルの定義というのは不可能と言う事を前提として、何が作品をライトノベルらしくさせるのか、人は何を見てその作品をライトノベルと認識・分類するのか、そういうことを考察していきたいと思う。

ライトノベルの定義困難さ

まず、何故ライトノベルの定義が決まらないのか、既存のライトノベルの定義にはどのような問題があるのかについて語っていきたい。
人によってライトノベルという言葉で指す対象が定まっていない、というのがまず致命的な所だろう。
そして十分に説得力のある統一的な見解が出されたことも無い。ライトノベルは捉え方によっては蔑称でもあるからだろうか。

ライトノベルという言葉が出てきたのは、ごく簡単に言ってしまえば神坂一の「スレイヤーズ」(1989年)の模倣作品・類似作品が世にあふれた時期である。それらを纏めてライトノベルと、1990年にパソコン通信ニフティサーブのフォーラムで名付けられた名前である。
スレイヤーズより過去にも「ライトノベル的傾向」を持った作品で、今日ではライトノベルと分類されることもある作品はあるが、スレイヤーズが売れてそういう言葉が出来たと言っていいだろう。この時点でライトノベルという言葉はロードス島戦記やスレイヤーズ、その辺りのファンタジー小説というイメージがあった。いわゆるライトノベルレーベルでも扱う小説はそういったものが多かった。

そして時は流れて上遠野浩平の「ブギーポップは笑わない」(1998年)、その辺りから学園物ライトノベルが盛んとなってくる。ライトノベルレーベルと目された電撃文庫でこういう作品が出てきたことでかなり話はこじれてくる。
「フルメタル・パニック!」や「マリア様がみてる」も学園物ライトノベル初期の名作で、1990年代後半に刊行されている。
ライトノベルレーベルに二つの潮流が出来た。更に面倒くさいことにこれらが混じりあった作品やらも生まれ、結果として何でもアリになっていったわけである。

何故ファンタジーものと学園もの、その他色々が同じレーベルで発売されることになってしまったのかというと、主要購買層が似通っているからである。
アニメや漫画、ゲームといった所謂サブカル文化、所謂オタク文化に影響された小説群であり、そのファンに受けた小説群だから、同じレーベルで発売されるのだ。

しかし、ここから時雨沢恵一の「キノの旅」などそういった層からも離れた小説もがライトノベルレーベルから出ることになる。対象年齢層という意味ではライトノベルの主要年齢層(本来の、とつけるべきか?)である中高生向けではあるのかもしれないが。

つまり、ライトノベルレーベルと呼ばれるレーベル(自称他称あるが)で様々な作品が刊行されていることに混乱の元があるのだ。

ここで、ライトノベルレーベルから発売されている小説がライトノベルというのが最終結論ではないか、と飛びつくのは、一つの現実的戦略だが問題点がある。
ではライトノベルレーベルとは何ぞや、その定義はと聞かれると、ライトノベルを出しているレーベルと答えるしかない。Wikipediaでも指摘されている通り循環的な定義となっている。
しかし、実際的に何かをまとめる際にライトノベルという分類を使用したいときには便利なので、ライトノベルレーベルを作為的、慣習的に選び、その中のモノをライトノベルとするのは便利である。
私も便宜的にそういう事をすることがよくある。しかし本質的な定義にはなりえない。

ライトノベルレーベルを、出版社が自身でそう定義したところとすると、現在のライトノベル界で随一の規模を誇る電撃文庫が対象から離れるという致命的な問題が発生する。ライトノベルというのは一種の蔑称ともされると言う事を思い出していただきたい。

イラストを多用と言う事ならば、絵本はどうなるのか?というのは流石にアレだが、挿絵が重要でないライトノベルも少なくない。一般的な文庫で発売される際に挿絵が取り払われる場合もある。

キャラクターを重視だの世界観設定が固定だのは別にライトノベルでなくてもそういう作品は多く、逆にライトノベルでもそうでない作品はある。ただの傾向に過ぎない。

青少年、中高生向け。それを意識して作られたライトノベルも多いのかもしれないが、10年と続くシリーズなど読んでいる内に青少年でなくなる訳だし、結局のところ例外が多い。
ジュブナイルというと近くなるが。

アニメ、漫画文化に影響された云々も例外は少なくない。定義としては本質をとらえようと努力している分ややマシではあるかもしれないが、ヒット作に例外が多いというのが困りものである。それにこの定義も時代が下るにつれて例外が増えてくる。

影響という点で捉えれば、スレイヤーズやブギーポップといったライトノベルの影響を受けた、その流れにある作品と言う事も出来るが、アニメ漫画文化に影響された云々と同じように、例外多し。

こう振り返ると結局のところライトノベルレーベルが、というのが本質的な定義の思えてしまうのも難点である。これもまた例外が多いのだが、例外をライトノベルではないと見做すことで上手く言い逃れできるというか。明らかに影響があっても、である。

美しくないがこれらを多重に適用する、つまりどれかに当てはまればライトノベルだと言い張ると、この世にはライトノベルではない小説は無くなってしまう恐れがある。京極夏彦がライトノベルだとかそういうのはこういった定義である。

最終的に出てくるのが、個人の主観という身も蓋もない結論である。2ちゃんねる、ライトノベル板のローカルルールはそれに基づくものだが、定義自体はいいとして第三者が何をライトノベルか判断することができない。
とはいえ、ライトノベルユーザー層、作家、編集部がライトノベルとして認識するものがライトノベルであるというのはありえそうな話である。
では何をもって人はライトノベルをライトノベルと認識するのか?
今回はそれについて語りたい。


ライトノベルという「ジャンル」
ライトノベルはSFやファンタジー、ミステリー、ロマンス、ホラーといったジャンルとは階層が違う。もっと広い区分で並列して語るのは間違いである。
どちらかといえば純文学だの大衆小説だのといった分類に近いが、あの辺は日本の現代文学の、という文脈が多いので並列して語るとまたややこしい。
ライトノベルの中にSFやファンタジーというジャンルがある場合もあるが、別にライトノベルじゃない小説の中にそういうジャンルがある場合もある。
ライトノベルの中に別にサブジャンルとして魔王モノだの妹モノだの、セカイ系だの異世界召喚モノだの日常系だのがある場合もある。
ライトノベルの定義の上で困難な点として並列して語るべきジャンルが無い、中二階のジャンル分けであるというのがあるのかもしれない。

SFのジャンル定義も中々難しいものだが、個人的定義として、現実のそれ(世界)より何かの部分で「進んだ」それを描くモノとしている。
ファンタジーならば現実のそれから何かの部分で「離れた」それを描くモノとしている。
進んだ結果離れる場合もあるのでSFとファンタジーは似た分野であり、異なった定義でありながら両方が描かれる場合もある。

ミステリーなどは読者に何かを考えさせるモノではないか?
他の、歴史小説だのハードボイルドだのは定義が割かししっかりしているか?

ジュブナイルとライトノベルとの違い、というのも難しい話である。
ジュブナイルは狭義の、中高生向けに書かれたライトノベルなのか、
ライトノベルの中のサブジャンル・小分類なのか、
ライトノベルの過去の名称、もしくはその黎明期作品なのか、
ライトノベル初期のような純小中高生向け小説なのか、
ジュブナイルの日本での形がライトノベルなのか?
お互い深く関係しながら重ならない点を多く持つのがジュブナイルとライトノベルである。


「~という作品はライトノベルか」
ではライトノベルとされる作品はどんなものがあるか。考えていこう。

「スレイヤーズ」は間違いなく、完全に、完膚なきまでにライトノベルである。
むしろスレイヤーズがライトノベルを作ったと言っていい。
RPG(TRPG)やアニメ文化を積極的に取り入れ、ライトノベルの名を示すように対象層には非常にスラスラ読める工夫、美少女キャラが主役、商業的にも成功したライトノベルの金字塔。ライトノベルレーベルの古豪富士見ファンタジア文庫より発刊。

「ロードス島戦記」は、やや異論があってもおかしくないが、まあライトノベルと言っていいだろう。
そもそもTRPGの元祖、ダンジョン&ドラゴンズのリプレイとして世に出たモノで、もちろんファンタジー小説である。表紙はアニメ調ではないものの、角川スニーカー文庫から出ており、ゲーム文化からの強い影響、その後のライトノベルに与えた影響、そして大規模なメディアミックスなどからライトノベルとできる。
やけに長い耳のエルフ描写はこの小説から始まったものである。
しかし、ライトノベルではないと言っても通じなくはない。ライトノベルとしてではなく読んでいる人も少なくあるまい。

「ブギーポップは笑わない」などは、ファンタジー作品でこそないが明確にライトノベルとして認められている。
アニメ漫画文化からの影響が濃厚だし、それ以降のライトノベルへの影響が強い。電撃文庫から出たというのも大きいだろう。

「キノの旅」は?電撃文庫から出た小説だが、ライトノベルかどうかは実はグレーゾーンではないか。
主人公は、少年にも見えるが少女、まあ美少女と言っていい。一巻の最後で性別が女性だと明らかにされる。
ゲームアニメ文化からの影響はやや希薄だが、バイクや銃などのやや別の「オタク文化;からの影響は散見される。
後続のライトノベルへの影響は、よくよく考えると多くない気もする。売れてる割に。
しかし電撃文庫から出ているというのは大きくて、ライトノベルでなければ何なのかと言われるとまた返答に困る点がキノの旅をライトノベルにしているか?

「星界の紋章」、及び星界シリーズは?ハヤカワ文庫JAとライトノベルレーベルとされ難いレーベルから出ている。
SFである。それ自体はライトノベルかそうでないかを決めるものではないが、ライトノベルにもSFは少なくない。設定としては、スペース・オペラとしては骨太な方だと言えようか?
表紙にはヒロインとなる美少女、ラフィールは皇帝の孫であり、アーヴという人工的に作り出された人の亜種であり髪の毛は青色である。主人公のジントとのラブコメが描かれることも多い。
ライトノベルレーベルではないレーベルから出たが、結構ライトノベルしている。グレーゾーンであるが、レーベルを考えなければライトノベルだと素直に言えるだろう。

「吸血鬼ハンターD」は?元々朝日ソノラマから出ていた小説作品。1985年と結構古い。
内容は、そりゃ美少女なんかこそ出てこないが、吸血鬼にSF要素に色々中二的ライトノベル要素は多い。
ライトノベルに先行する作品だが、遡ってライトノベルとする人も少なくは無いだろう。

角川スニーカーから出ている「機動戦士ガンダム」、及び角川スニーカーから出ているガンダム系小説は?
ライトノベルレーベルから出ている、アニメからの影響というかアニメそのもののノベライズである。
物語を見ると、SFであり、リアルロボットの元祖である訳だが、どうもこれをライトノベルと言いたがる人は少ない。やむにやまれずいう人もいるが。アニメから変わって主人公死ぬし。まあヒロインぐらいいるけれども。
角川スニーカー文庫の第一弾作品だし、ライトノベルレーベルから出た作品をライトノベルレーベルだとする人間でも角川スニーカーのガンダム作品は例外とする人もいるとか。
でもまあ普通にライトノベルだと言ってしまう人間もいる。

「銀河英雄伝説」は?1982年に第一巻が刊行されたスペースオペラ大作である。
トクマノベルズから出ており、そりゃ主人公に色恋沙汰というか、妻ぐらいはできるのだが、様々な点から見てライトノベルらしい点は少ない。
ただ、メディアミックスでアニメ化され、商業的に成功し後続のライトノベルに影響を与えたことは確かで、Wikipediaの項を見ると、誰が書いたのか知らないが、

引用
伝奇ファンタジー小説、創竜伝に続くライトノベルの大作である。

といった記述もある。

「ニンジャスレイヤー」は?翻訳作品だと主張されているが私は日本人が書いていると確信している。
サイバーパンク、アメコミ(X-MEN)の影響、ニンジャ映画やカンフー映画からの影響が顕著にみられる。版元はエンターブレイン。エンターブレインはファミ通文庫というライトノベルレーベルを持っているが、WEB小説の書籍化の場合などの場合、ファミ通文庫としてではなくエンターブレインとして刊行することがある。文庫版のサイズではない。
ウィキプロジェクトではライトノベルと分類されている。読者層で言うと確かにその辺かも知れない。そして2ちゃんねるでは書籍版のスレはライトノベル板にある。
ライトノベルと言って言えなくはいがはっきり否定もできる。

「ハリーポッター」シリーズは?イギリスで書かれた魔法学校の話である。
言うまでもなく日本のサブカル文化の影響は希薄、しかし物語構成などはラブやファンタジー要素、学園モノ要素も強い。類似していると捉えるか?児童文学だが、巻が進むにつれて大人向け要素も強くなってくる。世界的なベストセラーであり、実際日本にも、ライトノベル界隈へも影響は大きい。
しかしこれをライトノベルと言ってしまうと、何でもライトノベルになってしまうのではという危惧がある。海外のモノはライトノベルではないのか?

「指輪物語」等を考えてみよう。現代におけるファンタジー小説の基盤を作った金字塔的作品である。
まさにファンタジーでバトルもある。いやしかし、これをライトノベルとするとファンタジーほぼ全てをライトノベルとしなければいけない。実際これをライトノベルとするのは何かの揶揄でしかない。

物語繋がりで「源氏物語」はどうか。日本の平安時代に書かれた、言っちゃなんだがラブコメというかなんというか、まあそういう小説ではある。
ライトノベルの定義論の極端な形として源氏物語もライトノベルだと主張される場合がある。
しかしそれは無茶があるだろう。日本文学全体に影響を与えている。そりゃあ、ライトノベルにも影響があるだろうが。日本人の文化性と絡めて考えることもできるが、ライトノベルとは言い難い。

このように例を挙げて見てみると見えてくるものもあるだろうか。



要するに、大きなところとしてゲーム、漫画、アニメ文化からの強い影響を持った作品をライトノベルとして、それらの多くが発刊されるレーベルをライトノベルレーベルとする。
そこからライトノベルの特徴的な手法を用いた作品、ライトノベルに強い影響を与えた作品をライトノベルとして、場合によっては遡って考えると言ったところだろうか。
概ね日本文学(日本語文学)に限るが、ライトノベルに強い影響を受けた、似ている外国語文学も場合によってはライトノベルとされる?

大衆文学的な性格やら商業的小説というのはそれらの傾向、特長に過ぎない?

まだまだ混乱しているが、要するにライトノベルという概念は、似たような作品を巡っていくうちに生み出された虚像なのかもしれない。
しかし、それらの傾向こそ本当に意味あるものなのかもしれない。
結局、一つの作品をライトノベルかどうかと判断することさえ難しいのだ。その濃度に意味があるか。
SFとかファンタジーとかミステリーといったジャンルでもグレーゾーン、越境作品は多い。ライトノベルの場合グレー損がどこなのかもわかりにくいというところがあるか。
しかし、ライトノベル的なライトノベルとされる作品は確かにある。売れている作品でさえ必ずしもそうとは言えない。



ライトノベルの質の問題もあるが、近年の活字媒体にしては売れるジャンルであり、やや粗製乱造のケがあるというだけであろう。
もっとも、売れているからと言っていい小説とは限らない。
たまに、ライトノベルは上澄みだけが良い小説だという論説を見かけるが、そういう言葉は嫌いである。
上澄みというと売れている作品のみが良いもので、駄作は沈んでいっているというイメージを与えるからだ。上澄みにもダメな小説はアリ、沈殿にもいい小説はある。
ライトノベルも結局のところ小説の一ジャンルでしかないのだ。読まずに判断してはいけないのだ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2014/04/06(日) 01:24:05|
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