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「ドラゴンボールZ 神と神」借りてみたので感想・ドラゴンボールの設定の壮大さと粗さ

ドラゴンボールZ 神と神 - Wikipedia

2013年のドラゴンボール劇場版最新作で、17年だか18年ぶりらしい。
原作者鳥山明先生がキャラデザや脚本に大きくかかわったと聞いて、そこそこ楽しみにしてたが結局映画館まで足は運ばなかった。つい最近思い出して情報を集めてみたが、中々好評なようなので借りて視聴した。

総評としては、かなり好きな作品である。ものすごい作品、というにはわからないが、ドラゴンボールという作品群の中で立ち位置を理解して描かれた、ドラゴンボールとして面白い作品であった。


極々簡単にあらすじを書くと、
宇宙の破壊を司る破壊神ビルスが、予知夢で超サイヤ人ゴッドなる存在と戦う夢を見た。
面白そうなので情報を集めるためにサイヤ人達に会いに行く。悟空が(試合として)超サイヤ人3になっても全く敵わない。
ちょうどブルマの誕生日パーティが行われている地球。ベジータは過去にビルスに会ったことがあり、その恐ろしさを知っている。
ベジータはビルスに地球を破壊されないように満足して帰ってもらえるように色々と努力する。
しかし、ブウがプリンを分けず独り占めしたのを見てビルスはキレる。Z戦士達は止めようとするが叶う相手ではない。
そこで悟空が出てきて、ドラゴンボールを使いシェンロンに超サイヤ人ゴッドになる方法を教えてもらう。
色々あって悟空は超サイヤ人ゴッドになる。ビルスと悟空は戦う。勝負にこそなるが、余裕を残したままビルスが勝利する。
ビルスは、この世にはもっと強い奴がいることを示唆する。
勝利したビルスは地球の小さな岩一つ破壊して帰る。

といった具合である。
基本的にコメディ中心でシリアスは少ない。バトルは熱いが。
ビルスは悪の存在という訳ではない。気まぐれな神という形である。
強力な絶対悪を倒す勧善懲悪ではなく、単純に強い奴と戦うという構図となっている。主人公悟空の性格を考えるとこっちの方が本来は合っているのかもしれない。誰かを守る戦いというより、ただ際限なく強さを求める性格。バトルジャンキーで、性格の悪いファンからはサイコパス扱いされるほどだ。
総じて鳥山先生の味が強く出た漫画だと言えるだろう。

破壊神ビルス。エジプトの猫のような、実際鳥山先生が勝ってる猫をモデルとしているらしいそのキャラデザインは、一見しただけでは強そうに見えない。しかし強そうに見えない奴が強い、というのが鳥山先生が好きなパターンである。
アラレちゃんなんかは最たるものだし、初期悟空も小柄な少年だが馬鹿みたいに強い。ピッコロ大魔王も初期は老いているし、ベジータも小柄なのに筋肉ダルマのナッパの後ろで威圧的で強かった。フリーザなんかも第二・第三形態は強そうだが、物語で重要な第一形態と最終形態は強そうには見えない。人造人間編はジジイとデブをボスに出したら文句付けられて、17,18号はガキだと文句を付けられて、最終的にセルが大ボスと相成った。ブウも初期は大ボスとはとても思えない。
まあ、概ね編集者に文句を付けられて強そうな敵を出しているが、基本弱そうな奴が強いというのが鳥山明のパターンである。
ビルスは、その意味で作者の意向が反映されている訳である。ブロリーとかあの辺は見た目からして強過ぎるし?
しかも、ただ強さの次元が違うというのはわかるが、結局作中で悟空たちが勝てなかったというのも、ドラゴンボールとしては新しく、またドラゴンボールとして上手く合っている。強さのインフレの彼方という存在なわけだ。
最後の、ビルスの師匠が付き人のウイスで、しかも破壊神と言っても第七宇宙の破壊神で宇宙は12個あると言いだす辺りは悟空でなくても笑ってしまう。なるほど強者への道はどこまでも続いている訳だ。
ビルスのキャラクターはかなり明るく人間的に描かれている。かなり怠惰で、飯ばっかり食っている。これは界王神辺りとの対比だろうか。破壊神と創造神。

悟空の心境も描かれている。強い奴と戦いたい。しかしなるべくなら自分一人の力で闘いたい。
超サイヤ人ゴッドは6人の正しい心のサイヤ人がいて初めてなれるものだが、悟空は気に喰わないという。しかし、ベジータがプライドを捨てて地球を守ろうとしたのを見て、悟空もプライドを捨ててゴッドとなってビルスと戦った。
元気玉なんかも、ブウ編とかの他人の力を集めるのはやはり不満なのだろう。本編でもブウと一対一で闘いたかったとかなんとか言ってた気がする。
ポタラ合体やフュージョンもその意味では否定的なのだろう。地球を救うため必要となれば使うが、なるべくなら一人で闘いたい。その点が今回の映画で明確にされたわけだ。

キャラクターという点では、ベジータも注目に値する。
ベジータは、元は残酷で冷酷なサイヤ人だったが、地球で家庭をもってかなり大人しくなった。この点では悟空と対比的に語られることが多く、悟空は修行シーンぐらいでしか親としてまともな事をやっていないのが、ベジータは子煩悩だと。しかしそれもまた生き方である。
ビルスとは過去、惑星ベジータで、親であるベジータ王を跪かせて御馳走させているのを見ている。
そしてベジータは、地球にてビルスの怒りを鎮めるためあえて道化を演じた。正直引いたが、地球を救うための行動と考えると非常に勇敢で献身的とも言える。
親であるベジータ王も、惑星のサイヤ人を思って屈辱に耐えたのだろうか。そういった意味で親から子に受け継がれた精神性なのかもしれぬ。

もうちょい他の脇役について描いて欲しいところだったが、まあオールスター出演だったし致し方ないところか。


ドラゴンボールの世界観は、非常に壮大で、しかしながら余りにも急ごしらえで後付けやらで無茶苦茶になっている。
七つ集めれば願いが叶うドラゴンボール、遥か上空に居を構える神、銀河をまとめる界王、大界王、そして界王神。戦闘種族サイヤ人、宇宙の地上げ屋フリーザ一味、暗黒魔界の王ダーブラ、魔人ブウ。何十年も掛けて成長し、家族すら持つ悟空たち。そして破壊神ビルス、十二の宇宙。
肥大化していく世界観に比例して強くなる敵。人造人間編は終始地球で終わったが。

宇宙最強とのたまったフリーザが過去の遺物となってしまったり、インフレに付いて行きなかったキャラクターは多い。
悟空の兄という重要キャラであるラディッツがほとんど顧みられなく、そもそも絶滅寸前なのにベジータはナッパを始末してしまった。
青年トランクスの未来世界と人造人間編では地味に同じ奴の強さが違ったり、訳の分からない話も多い。
フリーザも宇宙最強ならなぜ地上げ屋とかしているのか。その気になればどのくらいの強さになるのかわからないが、ギニューとかわざわざ雇ってる意味も薄い気がしてくる。
戦闘力だとかだって、通常の宇宙人は基本全然変わらないというのもおかしな話という気がしてくる。スゲー必殺もただのパンチも変わらないってことは無いだろうが。界王拳の類も何十倍と考えると疑問。つーか途中の地球人とか界王拳とか言ってないけど使ってたりするのかね。
週刊連載ならではの行き当たりばったりな展開かもだが、劇場版の「神と神」だって時系列とか考えると不自然な点は多い。
他の劇場版などはさらに混迷を強めている印象がある。神と神はその劇場版の設定も一部踏襲してたりするから更に更にカオスの彼方である。
ドクタースランプやネコマジン、シャコなど同一世界観の話もあったりしてもうゴッチャゴチャである。

一度最初から設定を見直しては、と設定厨の私は思ってしまう。
そもそも描いている以上の設定を鳥山先生は考えてないんだろうが。


フリーザは、少なくともあの時代には宇宙最強(暗黒魔界を含まず)だったのだろうか。もちろん界王神や破壊神を除けば。そうなるとクウラとかの話がおかしくなるわけだが。いやそうなるともクソもなくおかしいか。
ブウは暴れていた時もビルスは寝てたから面識がない?報告ぐらい聞いてそうなものだが。
そもそも暗黒魔界ってなんだよ。初期の頃に出てきたアックマンとかと関係があるのか。
生き残ったサイヤ人は何名なのか。ベジータは王子としてするべきことをしないのか。
サイヤ人は戦闘種族で、一般的な一人前のサイヤ人の底辺がラディッツで戦闘力1500、エリートであるナッパは4000で種族としての平均が凄い?ナメック星人の平均はどんなものだろうか。1000ぐらい?500とか?
種族かどうかは別だがフリーザの家族も強い訳だ。あれは種族ではなく家族単位での突然変異?
フリーザの一味の強い奴はほとんどがその種族の突然変異の天才。でもいうて月のある所ならベジータにはかなわないよなあ。10倍。サイヤ人がおそれられるわけだ。
界王神の強さの分かりにくさも問題。プイプイ問題。あいつつえーの?どのくらいの強さ?10倍重力で粋がっていたが。まあどうせ小間使いだから弱くてもいいぐらいだが。
スカウターとかだってブルマ辺りが量産してもいい様なものを。結構便利なのに。



小説版かなんか出して設定周りきっちり直したリメイク版でも作ってほしいなあ。難しいか。
ドラゴンボールの設定は良いところもあるがダメなところも多く、その辺りが惜しいという話。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2014/02/13(木) 10:51:34|
  2. アニメ
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  4. | コメント:2
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コメント

No title

ビルスに悟空が負けて「上には上がいる」ということを示したのは、なんとなく天下一武道会を思い出しますね
あれも三回目は優勝できたけど一回目と二回目は亀仙人、天津飯に優勝を阻まれてますし

>元気玉なんかも、ブウ編とかの他人の力を集めるのはやはり不満なのだろう。本編でもブウと一対一で闘いたかったとかなんとか言ってた気がする。
>ポタラ合体やフュージョンもその意味では否定的なのだろう。地球を救うため必要となれば使うが、なるべくなら一人で闘いたい。
そういえば悟空がタイマンで敵の大ボスを倒したことって意外と少ないですね
ラディッツ戦・ベジータ戦は数人がかりで何とか勝って、セル戦にいたっては降参までしてますし
  1. 2014/02/15(土) 14:20:05 |
  2. URL |
  3. tule-ta #nvbI.9j2
  4. [ 編集 ]

Re: No title

> ビルスに悟空が負けて「上には上がいる」ということを示したのは、なんとなく天下一武道会を思い出しますね
> あれも三回目は優勝できたけど一回目と二回目は亀仙人、天津飯に優勝を阻まれてますし

ですね。神と神は全体的に初期の雰囲気があります。


> >元気玉なんかも、ブウ編とかの他人の力を集めるのはやはり不満なのだろう。本編でもブウと一対一で闘いたかったとかなんとか言ってた気がする。
> >ポタラ合体やフュージョンもその意味では否定的なのだろう。地球を救うため必要となれば使うが、なるべくなら一人で闘いたい。
> そういえば悟空がタイマンで敵の大ボスを倒したことって意外と少ないですね
> ラディッツ戦・ベジータ戦は数人がかりで何とか勝って、セル戦にいたっては降参までしてますし

よくよく考えれば、ピッコロ大魔王とマジュニア、あとはフリーザくらいでしょうか。
主人公が極限まで強くなって、そのまま勝つというのも、何度も繰り返せばドラマも何もなくなりますしね。
目指せども届かない目標を描いて、それを超えるためには複数人で闘うしかないという形にしているのでしょうか。
流石は鳥山先生、よく考えていると感服します。
  1. 2014/02/15(土) 20:14:06 |
  2. URL |
  3. たていと1 #-
  4. [ 編集 ]

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