ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

Wikipedia探訪「人の始期」

人の始期 - Wikipedia

引用
人の始期(ひとのしき)は、出生の厳密な時期、人間がいつ誕生したことにするかをめぐる法的な議論。人間は各種の権利の主体となるが、どの時点で人間として処遇し権利の主体として認めるのが相当であるかについては、さまざまな議論がある。

要するに、人でない胎児が人間である赤子となるのはいつなのかという議論である。
こう書いてしまうとアホ臭いが、堕胎や子殺し、相続などの関係で量刑を決める際に必要になる実用的な議論である。
要するに、いつ人権が発生するかという話。

引用
2 主たる学説 2.1 独立生存可能性説
2.2 出産開始説(分娩開始説、陣痛開始説)
2.3 一部露出説
2.4 全部露出説
2.5 独立呼吸説
2.6 出生説(あるいは、社会的評価説)

まあ色々学説がある。

独立生存可能性説は体外において独立して生きていける可能性があると判断された時、それはもはや人間であるとする学説。

出産開始説は母体が出産を開始した時点で胎児は人間であるとする学説。

一部露出説は胎児の体が母体の外から見えた段階で人間であるとする学説。

全部露出説は胎児の体が母体から全て出た段階で人間であるとする学説。

独立呼吸説はヘソの尾が切られた後、胎児が胎盤呼吸から無事に肺呼吸へ移行した段階を持って人間であるとする学説。

出生説は社会的な通過儀礼である「出生」を経たかことで人間であるとする学説。つまり人工妊娠中絶を経た胎児は人間ではなく、早産で生育可能性が無くても人間とする。


…… こうしてみると非常に馬鹿馬鹿しい気分になるが、これは人間がいつ人間になるかという哲学的な命題と人間をいつ人間と扱うかという法的な問題のギャップであろう。

出産中の赤子を殺された時いつ殺人にするのか、いつまで中絶とするのか、そういう議論であって、人が知的生物としての、人類の一員として持つべき人権を持つに値する存在であるのは何が必要なのか、何をもって人間は人間なのか、人間とはなんなのかという議論ではない。

法的には、顔が少し出たとか、肺呼吸し始めたとか、そういうことが人間への偉大な一歩だという事だ。




人が人を裁くルールが法律。
では人とはなんなのか。そういう間隙には奇妙な事象が取り巻くようだ。
スポンサーサイト



テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2013/09/18(水) 21:46:02|
  2. 雑学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<石の痛み。第72回動画紹介 | ホーム | フリーゲーム紹介「Cookie Clicker」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://tateito1.blog48.fc2.com/tb.php/1436-57c57c97
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)