ネット世代の雑評論

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野﨑まど「know」感想

野﨑まど - Wikipedia

ネット世代の雑評論 「野崎まど劇場」感想

この世の全てはこともなし : know 野崎まど ハヤカワ文庫JA アフィブログ注意。



このブログでは容赦なくネタバレするので注意。例えこういう警告しなくてもね。作品の核心についてのネタバレあるよ。





野﨑まど。知る人ぞ知る作家と評価するのは余りにも失礼な作家である。

処女作「[映] アムリタ」から、「舞面真面とお面の女」、「死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~」、「小説家のつくり方」、「パーフェクトフレンド」、大作「2」までの6作品は現実を超えたものを書く、一つながりの作品群と捉えられる。この世界はどうなっていくのか、究極を超えた先を書く、その不可思議な物語は読むものをまさに夢中にさせる、夢・幻の世界にいざなう。
しっかりと根を張った現実描写から瞬くまに異世界に連れ出されるようなストーリー展開は野﨑まど先生の作風とまで言っていいかもしれない。

メディアワークス文庫のこの6作品までの特徴として、キャラに「天才」、理解できないほどの頭脳を持つ天才が書かれるというものがある。
基本的に、作者より頭の良いキャラと言うのは描写しにくく難しいという話があるが、一定の範囲内でそれを成功させている。読者はそのキャラの天才に、あるいは野﨑まど先生の天才に、圧倒される。
そして天才を軸に物語が動く。鼻に付くことも多いが、作品の原動力となっている。


「2」を書き上げた後、電撃文庫MAGAZINで連載されていた「独創短編シリーズ 野崎まど劇場」が、ボツ作品や書き下ろしなども含めてまとめられ電撃文庫で出版された。
所謂ショートショート集であり、10年代のギャグ小説ではこれ以上のものを読んだことは無いほどに笑えた。
小説のルールを根本的に破るような、ある意味実験的な作品である。実験的でありながらきっちり功を奏しているのは驚きである。

その後、メディアワークス文庫で「なにかのご縁 ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る」が出版される。これはまた毛色の違う作品で、現実と非現実を行き来するような奇妙な所こそあるが、物語の筋としてはハートウォーミングな路線である。また、続きが書けそうな終わり方というのも興味深い差異である。
ある意味では読みやすく、野﨑まど入門にいいかもしれないが、コアなファンには物足りないという嫌いもあるか。


野﨑まどはメディアワークス文庫賞の初代受賞者(2人=2作だが)であり、その後も有識者には評価が高い、と言う印象だ。いつだったかの今読むべきSFみたいな本でもいい線行ってたりした。
だがこれほどの実力の作家なのにいかんせん知名度が低い。もっと読まれてもいい作家であると常々思っている。
あるいは読者層の問題かもしれない。イマイチ、メディアワークス文庫の立ち位置と言うのははっきりしないところがあるのだ。



そんな野﨑まど先生の新作「know」が2013年7月24日にハヤカワ文庫JAにて発売された。
早川書房はSFやミステリーを得意とする出版社で、ハヤカワ文庫はその文庫レーベルである。基本的に海外文芸に強いが、ハヤカワ文庫JAのJAはJapanese Author、日本人作家向けレーベルという訳である。
野﨑まど先生の作品は確かにSF的であり、ミステリー的である。かなりピッタリな出版社と言えるかもしれない。

そして、「know」はこれまでの作品以上にSFであり、ミステリー的である。
作品の世界観設定として、2081年の日本・京都である。2081年というと、2013年の今からすると近未来と言えるほど近くは無いが、完全に異世界と言えるほど遠くはない。何より同じ地球の同じ国のなじみ深い都市である。
何がSFとして変わっているかというと、情報化社会が更に推し進められ、超情報化社会となっており、世の中のほぼすべての情報は電子化されているというところだろう。情報材により都市は構成されており、人は6歳になると人造の脳葉・電子葉を外科手術により移植される。
子供達でも、調べるという意識も無くパンダの学名を答え、二十八部衆像のそれぞれの名前を列挙できる。
個人情報については規制されており、クラスという区分によって人が分けわれる。模範的な人間ほどクラスが高く、得られる情報も守れる情報も多くなる。一般的な人はクラス2、前科者はクラス1、模範的な人はクラス3、生活保護を受け税金を払えない集落民はクラス0、情報を扱う職種や専門の資格所得者がクラス4、情報庁の上級職員がクラス5、総理大臣や各省大臣が持つクラス6と言う風に区分される。
これはクラスカーストとして格差を作る。

まあちょっとした、奇妙なディストピア、現代版サイバーパンクと言えるかもしれない。
ちょっと昔の攻殻機動隊やマトリックス、最近ではニンジャスレイヤーのややトンチキなネット描写と比べるとかなり現実のネットに則している。
まあマトリックスなどはネットゲームの延長線上のような技術を思わせる。
「know」のそれは、検索エンジンや拡張現実技術の発展系のような形となっている。
その点だけでも今のSFとして成功している。

ちょっとしたあらすじを書くならば、

主人公の御野・連レルは情報庁で働くクラス5の職員。情報材を構築する情報素子、電子葉を作り世界を変えた道終・常イチの最後の弟子である。
上級職員であるレベル5にはつい去年なったばかりだが、クラス5としては異常に若い優秀な人間。
しかし、目指すところが無くなり、また恩師である道終・常イチの作った世界に欺瞞を感じ取り、クラスの特権を利用して女性の個人情報を抜き一夜限りの恋を楽しんだり、電子葉薬(要するに電子ドラッグ的なの)を楽しんだりと退廃的な生活を送っていた。

そんな中、道終・常イチが書いた情報素子のソースコードのミスの中にある法則性、というか連レルが知る常イチがするはずの無い偏りを見つける。
これを調べるとある暗号になり、行方不明になっていた道終・常イチの居場所が示される。

姿を隠して道終・常イチは研究を続けていた。
電子葉の発展系、古典計算機で出来た電子葉から、量子コンピューターで出来た量子葉、それを娘の道終・知ルに0歳の段階で移植したのだ。
知ルはその量子葉により、クラス0でありながらクラス9ともいうべき能力を持つに至った。

量子葉を得た知ルは何を知るのか。量子葉によって世界はどう変わるのか……


といった具合である。
知識と言うのが大きなテーマになっており、超情報化社会において人は多くの事を知っているが、それもクラスカーストによって大きく変わり、クラス5の連レルはほとんどを知っていて、クラス9の知ルは全てを知るために生まれた人間である。

その為に何をするべきか、何を知るために動くのか、そこがこの小説のミステリーとなっている。
究極の答えと究極の問い。ダグラス・アダムスの「銀河ヒッチハイクガイド」では、全次元で2番目のコンピューター、ディープソートに究極の答えを計算させたが、その結果は42であった。これが理解できないのは究極の問いが何なのかを知らないからであり、シリーズが進むにつれて、究極の答えと究極の問いは一つの宇宙において両立しえないと言う風に話が進んでいく。

この小説における究極の問いは、誰にも経験できない知識である。
この記事はネタバレ前提の記事なので書いてしまうが、その問いは「死後の世界」とはどうなっているのか、というものである。
もちろん、その答えは読者には提示されないが、それは当然である。読者の世界の誰にも、作者にもわからない事だからだ。究極の答えと究極の問いは両立しない。
しかし、物語の最後には作中内でその答えが小学生でも知っている「常識」になっている辺りが野﨑まど先生らしいオチである。世界は変わっていく。


もちろん、それだけではなく、「知る」ための障害としての、言うなれば戦闘描写も中々斬新というか面白いものがあった。
途中で量子葉を回収するために現れる機密情報課のハッカー素月・切ルとの情報戦、ハッキング対決。クラス*というハッタリ付けも印象的である。あの時代のハッカーもああなのか、というベタなところが逆に良かったというか、俗な面白さがあって興奮した。
京都御所における非電子葉戦闘員達との銃撃戦、というか一方的に銃撃を避けまくるアレも良かった。量子コンピューターってそこまでできんの?という不自然さはアリアリだが。まあそれはそれとしてダンスとか馬鹿馬鹿しいほどの演出で非現実性を醸し出す。情報材が無い古典的な場所でありながら。
そして知ルと問ウとの会話。ほとんど理解不能で、天才達の地平を見る気分であった。

未来描写や量子葉の力の表現も面白く、示唆的である。
京都御所の地下に古事記以前の書物や三種の神器があるとかいうのは明石散人先生の「鳥玄坊」シリーズでも読んでいるようで笑えたが。

未来描写に関して情報化以外の面においてほとんど現代と変わらないというのは、少し拍子抜けはしたが、現代との比較を容易にする作用を重視したものだろう。
事実それだけの技術で世界は全く違った様相を示している。ノイズを減らしてわかりやすくしている。

わかりやすくする努力と言うと、キャラの名前も、例えば主人公の連レルは知ルの連れでしかないという風に中々面白い作りをしている。




情報化社会において膨れ上がる知識欲の行く末、「2」のような究極のその先を行くような物語作りに回帰したと言えるだろう。
非常に素晴らしい、多くの事を考えさせる作品であった。野﨑まどを読んだことが無い日とも是非これを機会に読んでほしい。そして元々読者だった人には野﨑まど先生の今後について安心できる内容であったと言えるだろう。
小説にクセはあるかもしれないが、野﨑まどは真の天才であるかもしれない。
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テーマ:読書 - ジャンル:サブカル

  1. 2013/07/26(金) 11:14:19|
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