ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

MAD動画にみる目の暇、耳の暇の話



これ見てすげー面白いと思ったけど忙しいなとも思ったので。
割と前に、MAD動画を作ってた人がTVかなんかでMV作るとなって画面切り替えの早さに苦言を呈されたという話があって思いついたところ。
まあ正確にMAD動画というかは別として、最近のニコニコメドレーの類はあらゆるジャンルのあらゆる動画をマッシュアップして、一画面に大量の要素があるのに瞬時に変わる上、音楽も二曲とか三曲とか混ぜ合わさっててまさにカオスなMAD動画の本流な感があるので。


うむ。まあこういう話の延長線上の話をしたい。MAD動画を見ても別段手の暇は埋められないが、見ながら何かしらの手の作業が出来ないほど飽和的な情報の波がMAD動画からは入ってくる。

上のツイートで示される「暇」の骨子は、要するに体の各部分が動いてないのは無駄に過ごしている、という認識が最近では多くみられるという事だろう。
別になんなら、TV見ながらゲームすることだって出来る。音楽を聴きながら人の話を聞くことだって出来る。どれもを満足にすることはできないかもしれないが、両方一個ずつするよりも時間的には早くなる場合もあろう。
そこでいくと、冒頭の動画のような、様々なキャラクター・動画、どれもがそれぞれ象徴的でそれ一つで大量の情報を包括する、を一画面に収め、尚且つその一画面さえ数秒あるいは小数点以下の秒数で切り替わり、音もよくよく聞きなれた有名な、何度も使われているそれをマッシュアップしてすぐに切り替えながら繋いでいくような動画は、極端までに目の暇耳の暇を無くすという効果があるのではないか。さらにいうなら目で見た物耳で聞いたものを理解するための頭の容量も圧迫する。
全てをフル回転させることで視聴者を満たそうという狙い(意識的かどうかは別として)があるのではなかろうか。



こういう割と静かめのMADでさえ、1クール(=24分×12)のアニメをたった5分42秒に圧縮していることで強烈な回想を起こさせている形だ。

まあMADというのは元々、最初期でいえば音声テープを切り貼りして作るもので、そこから今の文化になるまでは少々の隔絶はある。
しかして、今のMAD文化、スーパーマッシュアップな動画文化は非常に尖ったものがあって面白い。
創作が人の感情を動かすモノならば、こういったMADはまさに力づくで揺さぶって動かしているとも言えようか。
スポンサーサイト

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2019/03/31(日) 15:37:39|
  2. ネット界隈
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ