ネット世代の雑評論

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施川ユウキ「銀河の死なない子供たちへ」下巻も読んだので軽く感想

コミックウォーカー 銀河の死なない子供たちへ
施川ユウキ - Wikipedia

施川ユウキ「銀河の死なない子供たちへ」上巻読んだので感想 ネット世代の雑評論


春に下巻とか言われてたのに8月にまでもつれ込んだが中々印象的な結末を読めた。
まあ話の概要は上巻記事に書いたし、あんまネタバレダラダラ書いてもくだらんし、思ったことだけ適当に書く。


不死。死は人間に与えられた最も価値ある宝物、だとかなんとかそういう言説をたまに聞かないでもない。まあ、死は避けられないものでありそれを肯定的にとらえるというのは一つのやり口ではある。
とはいえ、ヒトの寿命というのは人間にとってあまりに短い。多くの人間はほとんど何をすることも出来ずこの世を去っていってしまう。
「既に後世に芳を流す能わず、復た臭を万載に遺すに足らざるか」中国・五胡十六国時代の将である桓温は自分は悪名や醜名すら残せないのかと嘆いた。蓋し人は皆何物にもなれず何もできず運命に翻弄され消えていく定めである。
なれば不死ならば?これは逆に言えば何でもできるのと大差がない。が、逆に何でもできるがゆえに予想外の天井に頭をぶつける羽目になるか。人の欲望は限りが無く、制限が突破されればまた新たな制限を見出すものだ。

不死であろうと孤独は孤独。不死であるならば死にゆく人間の生き方を知ることが出来ない。
結局そうやって不幸になった時、死すべき定めの人ならば自死を選べるが、不死者の自殺すらできないという状況こそが真の地獄であるというのはまあ手塚治虫が火の鳥で何回か書いてたっけ。

まあ、ヒトがヒトであるというのはどうにもこうにもままならないという訳だ。



作者はこれがオンノジ、ヨルとネルに続く終末三部作の最終章という位置づけらしい。
施川先生はSFものを中心にかなりの博覧強記なところがあり、そこでインプットされたものがうまく作者の世界観を作り上げているように感じる。
先生の描くシリアスな部分はどこまでも深い闇のように、反論も出来ないほどの圧倒的な筆力で描かれる。しかしどこかに救いの光がある。
まあ、終末三部作というがもっと終末感のある話もたまにある。デビュー作の酢めし疑獄も妙に哲学的になることがよくあったし、現在も連載中の鬱ご飯は闇の中の闇といった風情もあるし、終わってる感で言えばツモっ子の森なんかはある意味ヤバイ。負け分をCO2排出権で払うとか言われる次元は完全に救いがない。


さて、三部作の三部目が終わった訳だが、施川ユウキ先生が次に描く物語は一体どのようなものとなるのか。銀河の死なない子供たちへの出来から更なる飛躍を期待してしまう。今から注目である。
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テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2018/08/30(木) 01:00:51|
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