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Wikipedia探訪「国璽」「伝国璽」

国璽 - Wikipedia
伝国璽 - Wikipedia


璽。皇帝が使う印章、つまり判子の事を指す。転じて国を象徴させる印章全般に使う。
印章文化は欧米ではかなり廃れてしまったが未だに漢字文化圏では強い影響力を持つ。

わざわざ皇帝だけが使う判子に専用の漢字を使う羽目になってるのは秦の始皇帝がそう定義させたからである。
臣下が持つものは印で、漢の時代には丞相(最高位の官位)や大将軍が持つものを章というようになった。併せて印章という訳である。


玉璽というと玉、つまり翡翠で作られた璽のことを指す。印章にも色々ランクがあり、玉で作ったものがどうやら一番偉い奴が持つものだと思われていて、その次が金、金印で各地を収める王が持つものとされ、その次が銀、銅となる。
現代でも中華民国、台湾では翡翠製の国璽が中華民国総統により使われているという。日本、韓国でもわざわざ金印なんぞ使っている。

判子の材質なんぞほとんど何でもよいはずだが今でも金持ちは象牙やらマンモスの牙やら高価なものを使いがちである。
シャチハタのゴム印などは便利だが逆に価値の低いものとされる。まあゴム印は歪みうるからというのが理由なのだが。


で、伝国璽。元々は始皇帝の璽であり、玉璽でつまみの部分が龍の形をしていて「受命於天既壽永昌」という銘が篆刻で彫られていたという。ちなみに彫ったのは李斯、篆書、小篆という書体を整えたのは李斯の仕事である。
それは秦が滅ぼされ漢の代になっても皇帝によって使われ、秦、前漢、新、後漢、魏、晋、後趙、冉魏、東晋……と時には異民族の王朝を経由しながら中国歴代王朝を巡って伝えられたという。
結局どっかで失われたけど。たぶん後漢の時代になくなってるというか普通に秦から受け継がれていない可能性も高い。まあそういう伝説。

秦の前の権力の象徴は鼎、九鼎でこれは祭具である。
伝説では夏王朝の始祖である禹王が中国全土から集めた青銅を使って作らせたもので、夏が滅んでからも殷、周王朝へと受け継がれたという。しかし周が滅ぼされた後、川の底に落ちて紛失したという。

Wikipediaの伝国璽の項によると、

祭器である鼎から、公文書の決済印(官印)である印璽への権威材の交代は、国権の基盤が祭礼から法・行政機構へと移行したことを示すものであり、春秋時代末期に起こった中国の社会構造の大転換を象徴するものと言える。

らしい。たしかに漢王朝も秦の横暴を否定して滅ぼした割には秦が作った法制度を流用・重用してるし、その後の王朝も似たようなものである。
とはいえ、伝国璽。考えて見るとかなり話がおかしなものである。
法治国家の象徴であるはずなのにその国家を打ち壊し、簒奪し、乗っ取った、いわばその国の法を否定した新国家が旧国家の象徴を重んずる。
そらまあ中国王朝には禅譲とかいう方法上の建前もあるけれども、あんなもん本当に建前でしかない運用状況だもんなあ。魏や晋辺りまではまだしも皇位を譲らせた後に殺しだした時点で何かおかしい。
言ってしまえばこの辺りが中国という国家の法との微妙な関係を象徴するところなのかもしれない。


日本の璽は天皇が使う御璽と国璽がある訳だが、まあ最近のはそれなりに最近作られたものである。
しかしそれとは別に神璽という言葉もある。これは日本の神話時代から伝承されているとされる三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉の事を指す(あるいは三種の神器全て、場合によっては勾玉を除く剣と鏡を言う場合もあるが今回はおいておく)。

勾玉というのは日本固有の装身具であり祭具であったとされるがその由来ははっきりしない。当然璽、印、判子とは何ら関係のないものの、何故かそういう風に呼ぶようになったので江戸時代には八尺瓊勾玉は実際に璽であると認識されていたらしい。
とはいえ八尺瓊勾玉が玉、翡翠製ならば確かに玉璽とも材質の上では同じで似たようなものと言い張れなくはないのかもしれない。名前から赤い瑪瑙製ではないかという説もあるが。実物は天皇ですら確認出来ない代物である。とはいえ勾玉と言われているのだから勾玉なのは間違いなかろう。


大韓民国では大統領令で国璽が定められている。
ちなみになんだかんだあって今は五代目、1949年に初代が作られたが紛失やらひび割れやら廃棄やらでちょくちょく変わっている。初代は漢字の篆書だがそれ以降はハングルである。

問題は四代目の国璽で、三代目の国璽がひび割れたので新しいものを作った訳だが、どうやら製作者がろくでもない奴だったらしく、伝統工法で作ったとか言いながら電気釜で作っていて、余った材料の金を横領しており、挙句の果てには自分の名前を漢字で刻んだりしていたという。
当時大問題になったらしくさっさと廃棄して三代目を補修して使って五代目を制作しだしたらしい。まあ論外である。というかなぜ自分の名前を彫ってしまったのか。



璽。法治国家でありながら権威の象徴。法は皇帝に及ぶものか。
大きなロマンを抱えつつも、東アジアの権力機構の歪みが想われる存在である。
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  1. 2017/04/30(日) 10:39:07|
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