ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

週刊少年マガジン45号、「ギャンブラーズパレード」一話感想

中山先生が作画と聞いて。ダンガンロンパの人が原作だというのも期待できるよね。


なるほど、不運能力者が主人公でギャンブル漫画。非常に発想として面白い。
不運、それ自体ははっきり言ってデメリットでしかないように思えるが、運命を操作して凶運を招くと考えると、他ではあり得ない特殊能力だとも考えられよう。常に悪い出目を出す。テクニックや理知では到達できない次元。それが故に蜘蛛手は東雲をギャンブルチームに無理矢理組み込んだという訳だ。
ギャンブルチームは全員何かしら特異なものがある感じでチームでギャンブルをするという意味合いを出させていく感じか。なるほどなるほど面白そうだ。実際一話は面白い。

で、ギャンブル漫画にも絵のハッタリが必要な訳だがそこは中山先生一流の筆。物凄く効果的に作用している。

矛盾に矛盾を重ねたようなキャラクターたちはダンガンロンパ的だし、エキセントリックさは中山先生に合致している。上手いコンビなのかもしれない。
来週以降も読む必要があろう。どういったギャンブルで攻めていくか。世界観は。何が目標か。まだまだ分からないことは多いが今のところ成功していると言えよう。
スポンサーサイト

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2018/10/11(木) 03:57:20|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

施川ユウキ「銀河の死なない子供たちへ」下巻も読んだので軽く感想

コミックウォーカー 銀河の死なない子供たちへ
施川ユウキ - Wikipedia

施川ユウキ「銀河の死なない子供たちへ」上巻読んだので感想 ネット世代の雑評論


春に下巻とか言われてたのに8月にまでもつれ込んだが中々印象的な結末を読めた。
まあ話の概要は上巻記事に書いたし、あんまネタバレダラダラ書いてもくだらんし、思ったことだけ適当に書く。


不死。死は人間に与えられた最も価値ある宝物、だとかなんとかそういう言説をたまに聞かないでもない。まあ、死は避けられないものでありそれを肯定的にとらえるというのは一つのやり口ではある。
とはいえ、ヒトの寿命というのは人間にとってあまりに短い。多くの人間はほとんど何をすることも出来ずこの世を去っていってしまう。
「既に後世に芳を流す能わず、復た臭を万載に遺すに足らざるか」中国・五胡十六国時代の将である桓温は自分は悪名や醜名すら残せないのかと嘆いた。蓋し人は皆何物にもなれず何もできず運命に翻弄され消えていく定めである。
なれば不死ならば?これは逆に言えば何でもできるのと大差がない。が、逆に何でもできるがゆえに予想外の天井に頭をぶつける羽目になるか。人の欲望は限りが無く、制限が突破されればまた新たな制限を見出すものだ。

不死であろうと孤独は孤独。不死であるならば死にゆく人間の生き方を知ることが出来ない。
結局そうやって不幸になった時、死すべき定めの人ならば自死を選べるが、不死者の自殺すらできないという状況こそが真の地獄であるというのはまあ手塚治虫が火の鳥で何回か書いてたっけ。

まあ、ヒトがヒトであるというのはどうにもこうにもままならないという訳だ。



作者はこれがオンノジ、ヨルとネルに続く終末三部作の最終章という位置づけらしい。
施川先生はSFものを中心にかなりの博覧強記なところがあり、そこでインプットされたものがうまく作者の世界観を作り上げているように感じる。
先生の描くシリアスな部分はどこまでも深い闇のように、反論も出来ないほどの圧倒的な筆力で描かれる。しかしどこかに救いの光がある。
まあ、終末三部作というがもっと終末感のある話もたまにある。デビュー作の酢めし疑獄も妙に哲学的になることがよくあったし、現在も連載中の鬱ご飯は闇の中の闇といった風情もあるし、終わってる感で言えばツモっ子の森なんかはある意味ヤバイ。負け分をCO2排出権で払うとか言われる次元は完全に救いがない。


さて、三部作の三部目が終わった訳だが、施川ユウキ先生が次に描く物語は一体どのようなものとなるのか。銀河の死なない子供たちへの出来から更なる飛躍を期待してしまう。今から注目である。

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2018/08/30(木) 01:00:51|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

天鏡のアルデラミン、最終巻である14巻を読んだので作品全体の感想など

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン - Wikipedia


天鏡のアルデラミン。堂々完結。SF・ファンタジーの近代戦記ものという奇妙な状況をこれ以上なく上手く完遂させた。
それぞれのキャラクターの生き様を描いてる。そういう話だ。最終巻では成長も含めその結果、結末を究極にまで描いていた。

イクタは最善を追求し、ジャンは完全を追求する。その結果が戦争、戦後に現れている。
マシューは初期から成長を続け、勝利に貢献し、将棋ではイクタに肉薄するほどになる。
トルウェイも銃兵として完璧な存在となっており、ハロも二重人格を完全に制御している。
思えばヤトリも命令のために命を捨てるほどの生き様は誰にも変えられなかった。
命を賭してイクタはシャミーユの「呪い」を解いたわけだ。

トリスナイはアルシャンクルトの妄執を受け継ぐことで自分が真に認められることを望み、果たせず死んだ。
アリオは自らの理想を「息子」に打ち破られ、それを認め去った。自らの師と同じように。

他の連中も自らに課せられたテーマを解決した。特にサリハ兄様は最初のかませ犬の立場からここまで熱いキャラになるとは。


各々の活躍により戦争は痛み分けになり、イクタは(アカギの最後めいた面談を経て)死刑となり、結果帝国とキオカは和解し、十年後には戦争の可能性も無くなり過去の超技術が解放される運びとなった。
ハッピーエンドである。…… イクタの死を除けば。しかしながら少し前に明かされた、英雄の記録の設定があった。デネブが北極星となるころ、つまりアルデラミンが北極星であった作中の中心時間軸からおよそ2400年ほどたった後、イクタとヤトリは共に復活を遂げた、と。ここでまさかの完璧なハッピーエンドだ。

全ての伏線が解決され、最高の終わりがある。まさに最も望まれた最終巻といえよう。



ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン。戦記ものでファンタジーというのは皇国の守護者でもあるがやや難しい案件である。が、まあそれ自体はやれることは近代科学のそれを大きく超越するものでは無く、その中で上質な戦記モノとして楽しめた。
複雑な政治、キャラの真摯な生き様、残酷なリアリティ。どれも絶妙な面白さを様々な要素と合わさりこの作品にもたらしていた。
途中で開示された、タイトルの意味。アルデラミンとはアルデラ教の拝する主神星、作中時間軸での北極星であり、カタストロフにより科学技術が失われた世界で精霊たちはその残滓であるという事実は非常な驚きをもたらした。

そしてその中でキャラクター達がどう生きるか。やはりそれが全ての話であったと言えよう。
戦争はロクでもないものであり、悲劇を多く生むものだがだからこそ人間の人間性の根源たるものが曝け出される。
天鏡のアルデラミンはそういった意味で人間賛歌の作品と言えるだろう。



最終巻の成功により天鏡のアルデラミンは完成された。ちなみにこの本には作者次回作の冒頭も載っている。
作品が終わってもやはり次の作品がある。終わりこそが始まりを産む。アルデラミンの終わりに祝福を、次回作には大いに期待したい。

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2018/08/13(月) 03:21:09|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

この前noteでやってたニンジャスレイヤーイビルが面白すぎた件について

【ニンジャスレイヤーイビル:ワルサイタマ・ブロウナウト】 ダイハードテイルズ note
「ニンジャスレイヤーイビル:ワルサイタマ・ブロウナウト」 ニンジャスレイヤーwiki


noteのダイハードテイルズに月額課金しないと見れない奴だが面白すぎたので。

まあ、ニンジャスレイヤーのセルフパロディ的な話で登場人物が全員悪人だったらという世界な訳だがこれが本当に酷い。

フジキドもといワルキド、ニンジャスレイヤーイビルはかなり粗暴な性格で、全財産を競馬の本命につぎ込んで、それを投資と言い張りながら負けてそこらじゅうのものに当たる。
特に酷いシーンはソウカイヤもといコウカイヤのニンジャに顔が知られている訳だが、別にコウカイヤのニンジャを殺しまくってマークされているとかいう話では無くコウカイヤの湾岸倉庫からコーケイン(コカインか?)をくすねていたからで、その理由も「末端価格が高いからな。そんなカネ、払っていられるか」、つまり横流しとかですらなく自分で使う用だという始末である。

イーリアスもといイービアスは元男で精神的にも男だがワルサイタマ・テクノロジーで今は女の体にしているという、意図せぬTSだった本編と違い完全に趣味というのが中々アレ。おっぱいを揉ませるビッチ描写は良いとしてそれを片手間で揉むワルキドもアレ。

デッドムーンはゲトームーンに。何故か老人になっており異常なまでに話が長いがほぼほぼ無視される。
「明日の1億ドルより今日の1000ドルじゃ」は名言。


他にもロクな奴がいない訳だが、こうクソな悪人ばっかり揃えられると悲壮感も何も無くて素晴らしい。
なるほど全員が悪人ならばある意味で被害者はいない世界だという事なのかもしれない。
ワルキドも妻子の復讐だとかではなく自分のためだけに生きており、人生を楽しんでる感はフジキドよりもある。



悪人、モラルがない人間同士ならば同じ前提であるからフェアであるというか?
倫理観というのは不思議な概念であり、それに苦慮した挙句がAoMだというのがリリースノートを読むとわかるというか。創作において倫理は一つの重要な点なのだとわかった。

テーマ:読書 - ジャンル:サブカル

  1. 2018/06/10(日) 05:12:02|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

面白い書名を紹介する 歴史書編

歴史書一覧 - Wikipedia


この前Twitterで「#美しいと思える小説のタイトル」なるハッシュタグが流行っていた。
そりゃもう美しい小説のタイトルなどいくらでも思いつく、というか、小説のタイトルは小説の文字列の中でも一番目につく顔と言える部分であり、一番練られてしかるべき部分でありそれが故に詩的で、面白く、カッコいい、美しい、そういったそれが多く目につく。
これは人を楽しませるために作られた小説だけに限らない。古代の書物、例えば歴史書の類だって書名は興味深いものが多い。

という訳で今回は世界、日本の歴史書から特筆すべきと思った書名を持つ物を紹介していく。
ではスタート。


春秋

中国の春秋時代の歴史書。凄まじいのは、春秋時代ってこの春秋が扱う時代だからそう名付けられたところ。
春秋時代とは

Wikipedia:春秋時代より引用
中国の時代区分の一つ。紀元前770年、周の幽王が犬戎に殺され洛邑(成周)へ都を移してから、晋が三国(韓、魏、趙)に分裂した紀元前403年までである。


春秋は儒教の最も重要とされる経書の分類、四書五経にも入っている。


元朝秘史

中世モンゴルの歴史書。秘史って自信満々なところがいいよね。元々はモンゴル語で書かれていたがそれは失われて漢字のそれだけ残っている。
チンギス・カンの一代記を中心にその族祖伝承、後継者オゴデイの治世の途中までが書かれている。


われらがタルタル人と呼びたるところのモンゴル人の歴史 (Historia Mongalorum quos nos Tartaros appellamus)

こういうクソ長く回りくどい書名は好感が持てる。
書名からわかる通り、ヨーロッパ側から見たモンゴル史である。ローマ教皇庁からモンゴルに派遣された修道士プラノ・カルピニによって書かれたラテン語の書物である。


シュメール王名表
バビロニア王名表
アッシリア王名表

古代メソポタミアの公式な王権の推移。王名表、King list、まさに王の名を書き連ねた書物だというのがよくわかる。
初期の王の在位期間が43200年間とか21000年間とかなってるのはご愛嬌。


諸使徒と諸王の歴史 (Ta'rīkh al-Rusul wa al-Mulūk)
征服誌(Kitāb al-Futūḥ)
黄金の牧場と宝石の鉱山(Murūj al-Dhahab wa Ma`ādin al-Jawāhir)
諸国家の経験(Tajārib al-Uman wa Ta`āqib al-Himam)
歴史における胸臆の安息と喜悦の表象(Rāḥat al-Ṣudūr va Āyat al-Surūr dar Tārīkh)
尊厳なる国事における尊厳なる命令(al-Avāmir al-`Alā'iyya fī al-Umūr al-al-`Alā'iyya)
世界征服者の歴史 (Tārīkh-i jahān-gushāī)
ヘラート市礼讃における極楽園 (Kitāb-i rauḍāt al-jannāt fī auṣāf-i madīnat al-Harāt)
尊厳なる系譜 (Mu'izz al-ansāb)
ザーヒル王伝抜萃国王美徳記 (Kitāb ḥasan al-manāqib al-muntaza'a min al-sīrat al-Ẓāhirīya)
日々年々の栄光、すなわちスルターン・マンスール王伝 (Tashrīf al-ayyām wa'l-'uṣūr fī sīrat al-sulṭān al-Malik al-Manṣūr)
輝ける星、エジプトとカイロの国王史 (Al-nujūm al-Ẓāhira fī mulūk Miṣr wa'l-Qāhira)
諸王国視察旅行記 (諸都市の諸王国に関する視覚の諸道)(Masālik al-abṣār fī mamālik al-amṣār)
諸預言者・諸王・諸カリフの行状における清浄なる庭園
伝記の伴侶(Ḥabīb al-Siyar)
天文学者長の歴史 (Ta'rīkh-i münejjim-bāshī)

やっぱイスラムはかっこいい書名が多い。なんか諸がゲシュタルト崩壊してきた。


歴史

古代ギリシャ、ヘロドトスの「歴史」。直球ど真ん中の書名。というか英語のhistoryという単語(というかヨーロッパの同語源の単語)はここから来てるんだっけ


ランゴバルド人の起源(Origo Gentis Langobardorum)
カール大帝伝(Vita Caroli Magni)
フランク王国年代記(Annales regni Francorum)
フランクの歴史の書(Liber Historiae Francorum)
メッス原初年代記(Annales Mettenses Priores)
皇帝ルドヴィクスの生涯(Vita Hludovici Imperatoris)

ゲルマン人の歴史書から。流石というかなんというか質実剛健の感がある。


ブリトン人の没落

いきなり没落しとる。


デンマーク人の事績
ヘイムスクリングラ
アイスランド人の書
植民の書

北欧の歴史書もかっこいいよなあ。書ってね。


ベーラ王の匿名の記録者による業績録

ハンガリー。いや原題はGesta Hungarorumで味気ないんだけどね。


原初年代記
上の方で似たようなの出したけどこれはキエフ・ルーシの。

Wikipedia:原初年代記より引用
過ぎし年月の物語(古ルーシ語:Повѣсть времяньныхъ лѣтъ;ウクライナ語:Повість врем'яних літ;ベラルーシ語:Аповесць мінулых часоў;ロシア語:Повесть временных лет)とも。


英語ではPrimary Chronicleとなる。
キリスト教以前の東スラブ人の歴史についての貴重な史料である。書いたのはキリスト教徒だけどね……


旅行記(イブン・バットゥータ)

それだけだと味気ないが、原題は「諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物」、アラビア語でتحفة النظار في غرائب الأمصار وعجائب الأسفار‎ 、アルファベットでtuḥfat al-naẓār fī ġarāʾib al-ʾamṣār wa-ʿaǧāʾib al-ʾasfār,と書く。うーむ。イスラムである。


シリアの稲妻(サラーフ・アッディーン伝)

詩的だよね。コーランばっか読んでるとそうなるのか。


ペルー王国の発見と征服

簡潔にして冷酷で悲劇的。


臣連伴造国造百八十部并公民等本記

長い長い。聖徳太子と蘇我馬子によるもので天皇に対する豪族の奉仕についてのものらしいが散逸している。


藤氏家伝

藤氏、つまり藤原氏の初期の歴史。まあそのまんまではあるのだが。


日本国現報善悪霊異記

いわゆる日本霊異記。まあ歴史書というより説話集であるが。
仏教的な観点が押しつけがましくて良し。


古語拾遺

これもまあ神道の資料って感じではある。


尊卑分脈

正式名称は新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集。まあこれも系図集だが。
特に藤原氏や源氏の系図に詳しい。


本朝皇胤紹運録

これは天皇家の系図。足利政権下における北朝正統論に基づき書かれている(現在の見解では南朝が正統ということになる)。


類聚三代格

平安時代の法令集。


大鏡
今鏡
水鏡
増鏡

いわゆる鏡物。成立年代順で「だいこんみずまし」と覚える。だが扱う時代順では水鏡が一番早い時代である。
高齢の老人達の会話、回顧録という形なのが特徴。高い統一性を評価したい。
ちなみに吾妻鏡や後鑑は鏡物ではないが名前だけ踏襲している形である。


神皇正統記

皇位継承を中心とした歴史書で、南朝の正当性を訴えている。
色々あって皇国史観にも繋がる訳だが、この押し押しなタイトルがかっこよすぎたのも影響力の一因ではあるまいか。


大日本史

大。うむ。徳川光圀公が編纂を開始して水戸藩の事業として続けられ明治時代に完成した。日本の歴史書では珍しい紀伝体なのが特徴。
これが水戸学になり、尊王攘夷思想になり、最終的に幕府を打倒したことを考えると光圀なにやってんのという感じはかなりする。まあいわゆる水戸の副将軍として徳川政権下でナンバーワンになれない立場がそうさせたという話もあるが。



とりあえずこんなところで。
書名、タイトル。短いセンテンスだが、だからこそそこに強い詩想が駆け巡る時がある。
歴史書とて誰かが読むもので、それぞれに強い個性を与える書名は読者に強い印象を与え、内容の理解にも影響を与えるものだ。
何か本を書くならば書名には凝った方がいい。シンプルなものも良いものだけどね。ともかく考えることである。

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2018/05/27(日) 08:06:21|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0
次のページ