ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

Wikipedia探訪「アルクビエレ・ドライブ」

アルクビエレ・ドライブ - Wikipedia

所謂「超光速航法」の一つの案。SF関連でWikipediaのページ色々見てたらあった。

一般相対性理論の範疇で超光速を実現させようとすると、という具合。
まあ光の速度より速く進むことはできない。でも宇宙の膨張速度は光速を超える(そこが観測可能な宇宙の端ということになる)。これは時空自体の広がりであるからだ(確かそんな話だったはず)。
ほんじゃ、それを利用して超光速移動としゃれこもうか、という具合の話。

宇宙船の進行方向の空間を収縮させ、後方を拡大させる。そんな感じの泡のような時空を作りそれの中でサーフィンするように進む。
話としては簡単だが色々と問題は多いらしい。普通にやろうとするとビッグバンを遥かに超えるエネルギーが必要。負の質量とか言う概念が必要。そもそも光速を超えられるか不明。等々。
下手するとタイムマシンになってしまう可能性があるのも問題。いやタイムマシンならもっとすごいじゃんてな話だが、そんなもんできたら因果律とかぶっこわれるもんね。まあぶっ壊れて悪いのかいいものかどうかすらわからないんだけど。

まあそれを解決する策とかも考えられるが、話としては、ガチで超光速とか考えだすとやはり頭痛がしてくるような学問的な話も出てくるというもの。
最近のSF、特にハードなので宇宙SFは少ない気がする。あんま調べてないが。
宇宙進出は夢に終わりそうという感覚があるからか?

しかしやっぱり宇宙は魅力。どうにかこうにか宇宙開発していきたいなあ。
ロマンこそがヒトを宇宙に打ち上げる?それ以上のものが宇宙開発には必要?いやそれ以上のロマンと、リアリティか。リアリティは現実の度合いとはまた違う訳で。

火星のテラフォーミングとかガチでしたいなあ。そういうゲームとかあったよね。シムアースはシムアースだが別に。
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  1. 2017/09/07(木) 01:55:05|
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Wikipedia探訪「都道府県」

都道府県 - Wikipedia


まあどうという事も無い話だが。


引用
都道府県(とどうふけん)は、日本の広域普通地方公共団体である「都」、「道」、「府」、「県」の総称である。

要は日本の広域普通地方公共団体のことである。広域普通地方公共団体。いつもこんな長い単語言ってられないし四字熟語のカチッとした感覚が心地よいので都道府県、都道府県と言われるのだろう。

で、統計とかで、北海道が関係ない場合とかに都府県とか言ったり、東京が関係ない場合道府県、大阪京都が関係ない場合都道県とか言ったりする(中々都道府は無い)。都県とか府県とか都府とか道県とかそういうのもあったりする。
よくよく考えて見ると奇妙な言葉である。確かに北海道関係なかったら都道府県ではないというのは論理だが、そういう論理で言葉が変わるというのも珍しい。



広域普通地方公共団体、都道府県。いつも使っている割に奇妙な特質のある言葉だ。

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  1. 2017/07/18(火) 04:14:37|
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リンゴから人間の耳のようなものを成長させたとかなんとかいう

オタワ大学付属生物物理学的操作研究所のアンドリュー・ペリング所長率いる専門家グループは、リンゴから人間の耳のようなものを成長させることに成功した。研究の成果は、雑誌PLOS ONEに発表された。sputnik日本

そうそう。人間の耳は形状が複雑で、こういうのの結果の成否を見定めるのに適してるんだよね。人間の耳が行けるなら他の器官も形は出来るだろうという話。
それにしても、ニンジャスレイヤーのヨロシサン取締役会真実が明かされた中でこういうニュースを聞くと、バイオ技術の生理的な不快感というか何かが思われる。


しかし植物の細胞と動物の細胞というのは根幹からしてだいぶ違う。それをセルロース抜いてHela細胞加えて、まあ詳細載ってないのでよくわからんがうまいこと誘導して耳にしたと。たぶんリンゴは足場でしかないのだろうが、非常に興味深い。

iPS細胞だとか色々あったが生物学の歩みというのは中々遅い進みだと感じることがある。
それでも何やかんやとやり方がある訳だ。


生物学はなんというかタブーが多いよね。化学は、化学毒の類は使われてきて毒だとわかって禁忌にされる。物理学、放射能の類は一度二度使われて禁忌が形成される。生物学、クローンだのなんだのは悲劇が起こる前に禁忌になっている。
それぞれの科学ジャンルの違いの一つである。

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  1. 2016/08/04(木) 01:13:05|
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Wikipedia探訪「ほとんど (数学)」「高々 (数学)」「病的な (数学)」

ほとんど (数学) - Wikipedia
高々 (数学) - Wikipedia
病的な (数学) - Wikipedia



何か単語の後に()を付けると微妙にネット用語っぽさがある。大昔でいえば(核爆)の類、最近なら(察し)とかか。
これはそういうのとは関係ないが、()を付ける必要性がある言葉の使い道であるという訳だ。

数学は科学の女王ともいうが、学問の中でも極限的に特化したものの一つであり、言葉一つの使い方でさえ日常生活でのそれとは異質な場合がある。

ほとんど、とは数学的には0ではないとか、有限に対する無限とか、そういうかなり極端な例でいう。

高々、は「~以下」とほとんど(数学ではない)同じだが、場合によっては「高々可算」、とか言い出して、可算無限集合以下とかいうやや意味の分からない話にまで持っていく。それ以上なら非可算無限集合とかなって、自然数全体の集合の濃度より大きいとか、そもそもこの場合の濃度の意味が分からないし分かったところで話は分からないし、突き詰めていくと連続体仮説とかいう現代数学の公理系では証明不可能とかいうギリギリの話にまで進んでいく。

病的というのはその性質が異常だとか変則的に悪質だとか直観に反するとかそういうことで、何かの定理について反例を持ち出された数学者がその反例に対する反論として使うようだ。この言葉自体が変則的に悪質に捻くれてる感もあるが。


なんにせよ、数学という場において言葉は、日常生活において使われるそれとは変質してしまうという事。
言葉は造語するのでなければ何かから流用する訳だが、必ずしも当てはまる訳では無いのだ。そこには混乱があり妙味があるか。

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  1. 2016/04/24(日) 06:28:56|
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無根系統樹って何か響きが面白い

系統樹 - Wikipedia

系統樹、生物の分類学で描かれる図で、生物の類縁関係を、特に進化と結び付けて樹枝状に描いたものである。
分岐分類学は系統樹を書くための学問という事になる。

いつだったかも書いた記憶があるが、人は生命だとか世界だとかの構造を樹で現すのが好きである。
ただ文字を羅列するよりも構造だった図表があった方がわかりやすく面白いという事だろう。


で、分岐分類学でかかれる系統樹には二種類あり、「有根系統樹」と「無根系統樹」に分けられる。

有根系統樹は一定の方向が進化の方向で、逆にたどればそれらの共通祖先に辿りつく代物で、一般的に想像される系統樹に近いものである。

無根系統樹はそれとは違い、共通祖先とか考えず現存種同士の類縁関係を見るための系統樹である。


本題は無根系統樹である。いやまあアカデミックな話がしたい訳では無い。既にめんどくさいと思われているのだろうが。
単純に、根の無い樹という概念が面白いというぐらいの話である。

根が無いのに、系統樹と言わざるを得ない。樹状図ともややいいがたいが系統樹ではある。
樹というよりも粘菌か何かが四方八方に触手を広げたように見える。そういう意味ではそれでも生物っぽい図という事だが。



根なし草、無根系統樹。根が無くても学者達の情熱という名の水と光と栄養で育った植物とでも言おうか。

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  1. 2016/04/23(土) 04:46:00|
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