ネット世代の雑評論

主にネット上に散らばる各々の事象についての紹介、及び評論

「世界で「最も信頼される」250社リスト」とやらで任天堂が4位だったらしい

世界で「最も信頼される」250社リスト、任天堂ほか日本の42社を選出 Forbes


ほーん。投資家向けの雑誌だっけ?全然詳しくないけど。
客目線、ゲーマー目線での視点ではないことに注意すべきだろう。

信頼。ふむほむ。

引用
主な評価基準は、「信頼性/誠実さ」「社会的行動」「雇用主としての態度」「製品・サービス」などとした。上位10社は、基本的に全ての基準で評価が平均を上回り、さらに「信頼性/誠実さ」「製品・サービス」で極めて高い評価を受けた企業だ。

やや曖昧な評価基準にも思えるが、そうした基準を数値化してしまうのが投資、ビジネスの世界だという事だろうか。


ランキング20位はほぼ全部聞いたことのある会社。3位のアルファベットはグーグルの親会社ね。
そんな中で、ゲームという不安定な業界にありながら4位にランクインした任天堂の凄まじさがわかる。

やはり最も支えとなってるのは膨大なキャッシュ、内部留保が少々の失敗をカバーして動けるというのがあるか。
そして、ハードという面では成功続きではないが、失敗と目されるそれでも利益を上げる粘り強さ、圧倒的なソフト開発力が決め手だろう。
話によるとすっげーホワイト企業だともきくが、そういうところも影響しているのだろうか。
社会的行動という面ではやや曖昧なところはあるか。



まあ、こんなもん見たところで何かがわかる訳でもないが、興味深さはある。
日本の企業、という括りではやはりとびぬけた何かが任天堂にはある。つーか今株価4万4千?おいマジかよ。
スポンサーサイト

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2017/10/12(木) 01:08:07|
  2. 雑学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Wikipedia探訪「ベルリンの壁崩壊」

ベルリンの壁崩壊 - Wikipedia


まあ有名な歴史だが、かなり偶発的にぶっ壊れたことがわかる。
しかし同時に既に社会主義が崩壊していたともいえる。それを無理に引き延ばしていたところ一瞬の負荷でビリビリに破れ落ちたといったところか。

とかく象徴的な出来事である。東西冷戦の象徴たるベルリンの壁が、自由を求めた民衆の手によって墜ちる。政治家はただ状況を見守るだけ。
記者会見で報道局長がクソみたいな適当発表して、それを更にラジオで適当な報道したりした結果、みんなが勘違いしたという話。
まあどの道、ベルリンの壁は無くなったであろう。しかしここまで奇跡的な出来事になったのはやはりそういった原因がある。


この崩壊が今のドイツ首相のメルケルを科学者から政治家に転向させたというのもまた歴史的な奇跡。
歴史とは涙が出るほどに感動的なものである。

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2017/09/24(日) 04:41:59|
  2. 雑学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「作者より賢いキャラクターは作れない」説の真偽を考える

知能 - Wikipedia
知識 - Wikipedia
知恵 - Wikipedia


「作者より賢いキャラクターは作れない」、「作者より頭の良いキャラは存在し得ない」、たまーに聞く話である。
単純に理屈として考えると、作者が作品を作っている以上作者の知力を超えるキャラはその作者の知力では動かせない、みたいな話だろうか。8bitのコンピューターで16bitのコンピューターをエミュレートすることは不可能、といったところか。


まず、反例でも出しておこうか。
コナン・ドイルはシャーロック・ホームズを産み出したが、現実世界のドイルが作中のホームズのような天才という訳ではない。

それ故「作者より賢いキャラクターは作れない」説は偽である、と一方的に宣告するのは簡単であるが、それではつまらないし、あえてそういう説を出す人々もそのぐらいわかっていて言っているだろう。


ここで問題となってくるのは「賢い」、「頭の良い」という言葉の意味、その多様性である。

「頭の良い」。もちろんこの場合はサッカーでヘディングするときに都合が良いとかそういう意味ではない。脳髄の働きについて言っている。言うまでも無く脳幹の心臓を動かす何やらの話でもなく大脳の機能についてである。
まあ、要は脳の高次機能とかいう奴、その中でも思考、推理、記憶なんかについて言っている訳だろう。

「賢い」となると、上記の「頭が良い」とほぼ同義で使われる場合もあるが、もっと踏み込んだことを言えば「物事の判断が適切だ」とか「他人に対する配慮がある・思慮深い」とかそういう意味を帯びてくる場合もある。頭が良いだけなら「利口」ということになるのだろうか。
何にせよ、ただ大脳神経のステータスだけではなくその内容についてまで言われている訳である。ハードウェアが良くてもソフトウェアがクソならばコンピューターもたいがいクソである。スーパーコンピューターが円周率を延々と計算している姿には頭の良さは見受けられても賢さは存在しない。


「作者より賢いキャラクターは作れない」、一体どういう意味合いの賢さについてなら真と言えるのだろうか。

数値的に指し示されるものに関しては偽である。
IQ500だとかそういう馬鹿設定のキャラは馬鹿にでも作れる。
何か国語喋れるとか写真記憶とか計算能力とかも幾らでも盛れる。そういうのは問題外である。
ただし、実際に別の言語喋らせようとさせたりしてミスしたり、暗算で間違ったりという悲惨なミスをやらかす作者もいるというのはたしかである。

技術的な意味合いでの天才、例えば科学者だとか発明家だのに関しても偽。
これはその実質的な仕事について隠されるからである。真実そういった科学的理論が作れる作者ならばむしろ科学者になれという話。まあ科学者なんかがSF小説を書いてる場合もあるが。
説明をし過ぎてボロが出る、という場合はある。

知識については、偽である。
調べればいいだけの話である。何でも知っているようなキャラクターは現実世界のグーグルや図書館に繋がっている。
とはいえ、何を調べればいいのか、何を調べるべきなのか、何を知るべきなのか、というところで困難が伴うところではある。

頭の回転、思考速度についても偽としておこう。
登場人物が瞬間的に思いついたことは作者が数週間七転八倒して考え付いたことかもしれないのだ。
作者の奇跡的な発想を天才的キャラの日常とする。まあ効率は悪いが一つの天才ができる。

創造力、発想力、推理力、この辺りになると怪しくなってくる、が、偽である。
わかりやすいのは推理力。探偵ホームズが一つの証拠から十の真実を知ることが出来るのは、言うまでも無く犯人ならぬ作者たるドイルが十の真実を用意した本人だからだ。
要はストーリーや世界観から、答えから作ってるから簡単だというやり口だ。
無論だが、作者の力量が足らないと作品ごと崩壊してしまう。ミステリーとはそんなもの。

では、「賢明さ」という言葉で表されるような、例えば判断力といった面では?
そりゃあ、長い時間考えれば最適解が見つけられるような出来事もあるだろうが、全ての要素を知っていてさえ100年考えても人によって回答が異なるような、そんな事象も多い。
そういったことでも、やはりより正解に近いような答えというものはあるものであり、そういった選択を繰り返すことで成功を収められるのは一つの賢さであろう。
頭の良さに戻すならば、将棋のある一局面の最適解とかだろうか。余りにも選択肢は多すぎるかもしれないが、やはり何かが最適解で、そうでないにしても良手悪手が様々に存在する。まあ将棋漫画は実際のプロの棋譜を使うんだけど。
なるほどこういった極めて限られた意味ならば、「作者より賢いキャラクターは作れない」説は真と言えるだろう。
答えの無い問いに答えをつけねばならない時、その時こそ作者の真価が問われる。そういう事をこの説を喧伝する人は言っているのだろう。


無論、「作者よりも賢」そうに見せかける手法ならば他にも色々ある。それも作者の力量次第だが。
作者が馬鹿ならばキャラクターも馬鹿みたいなことになるのも確かである。ストーリーの都合でキャラが非合理なことばかりしているというのはよく見る光景。


結局のところ、「作者より賢いキャラクターは作れない」説の本質は、「作者が馬鹿だとキャラも馬鹿」というのが大きいか。
説が言わんとするところは「身の程をわきまえてキャラを作れ」ではなく「作者の知力、力量、能力を向上させろ」という言ってしまえば単純だが何よりも大切なことであろう。
そもそも、身の程など弁えている人間がクリエイターになどなるものか。

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2017/09/13(水) 01:40:56|
  2. 雑学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

えっ?!ヴォイニッチ手稿解読されたの!?

ヴォイニッチ手稿 - Wikipedia








はー、略語な。ラテン語の。暗号とかじゃなくて。
そんなんで数々の暗号解読なんかを退けられるもんなんだなあ。誰だったか科学者の遺稿が古い速記法で書かれててよくわからんことになってるという話は聞いたことがあるが。

タイムズ紙、ロンドンタイムズ?高級紙とのことだが、信憑性どうなんかね。
たしかに挿絵は風呂に入ってるように見えるが。まあそれらしくは思える。



こういう絶対解けねえと思われた問題が解決するとそれで喰ってた人は偉い目に合うよね。
ヴォイニッチ手稿、創作に出た回数どんくらいかね。SF創作が科学の進歩で陳腐化するというのは良くある話だが、こういうのはちょっとしたファンタジーが吹っ飛んでいく。
割と魔導書扱いしたゲームとかあるよね。まあ迷信含んでるなら似たようなもんか知らんが。

内容自体はややくだらないが、文化的には衝撃的。
ヴォイニッチ手稿はそれだけの逸話、伝説をまとったブツであったということ。

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2017/09/10(日) 00:26:36|
  2. 雑学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

巨大数の極限的なインフレーション 巨大数の紹介

巨大数研究 Wiki
巨大数研究 Wiki  数の一覧
巨大数論

「寿司 虚空編」買って読んだので感想 ネット世代の雑評論


寿司 虚空編を読んで巨大数熱が再発して、朝も昼も夜も寝ている時でさえ巨大数の事が頭から離れなくなった。
で、感想記事書いた訳だがそれでも収まらずにフィッシュ氏の巨大数論第2版まで読破(わからない場所は適当に読み流した)してしまった。巨大数論、pdf版が無料である訳だけど、金払って書籍の形で読みたくなるほど良い本である。

私は数学的な素養がない。
まあ極端に数学ができない訳ではないが、その場その場で誤魔化し誤魔化しどうにかこうにかついていったようないけてないような、そんな具合であった。
しかして、そういう学力であるからこそ、むしろ知らない人向けに巨大数の概略、というか感覚とでも言おうか、それを伝えるのには有利なのかもしれない、そうも思った。
たまに、頭の良い奴なら教えることも上手いはずだとかいう理論を聞くが、必ずしもそうではないと思う。余計な知識が足を引っ張るというのはよくよくある話である。
はっきりいってこのブログでは数式もまともに書けないが、どうせ私の方でもたいしてその辺はわかってないし、読者だってわからん人の方が多いだろう。

まあ前置きはここまでとして始めよう。


巨大数。書いての通り巨大な数である。
しかし巨大という言葉はいかにも抽象的である。
3歳4歳の頃は100という数字がいかにも大きいように思えたものである。
しかし100円玉というものが存在するように100というのは余りに卑近な数である。とはいえ、1から100まで順番に数え上げるというのはそれなりに大変であるのは確かである。1000まで、これは可能だが苦痛である。10000まで、不可能では無かろうが拷問に近い。10万、こうなってくると本格的に苦行である。

しかし100万、1000万という数字ならば、例えば日本円ならば一般庶民にもかけ離れた数字ではない。一億、十億、百億、千億円でさえ個人が扱えない数字ではない。一兆からは国家予算ということになろうか?
最近5000兆円欲しいというネタが流行っていたが、超大国の国家予算は大体このオーダーだろうか?いやそれすらも超えてはいるか。買えないものを考える方が難しくなってくるが、今の技術力で本格的な宇宙開発でもしようとなればまだ足りない、といったところか。

この先には京、垓、𥝱、穣。この辺りはハイパーインフレでも起こした通貨と関連して経済関連で見ることが出来る。
こんなものを扱わされる一般民衆もたまったものではないが。
穣で10の28乗、1の次に0が28個付く計算である。一つ単位が変わるごとに一個下の単位はゴミのようになる。
ちなみに化学などをやってるとよく目にするアボガドロ定数は6×10の23乗。

小学校の頃、算数の教科書の一番後ろのページにこうした日本の数の単位が載っていた。
兆ぐらいは知っていたわけだが、上の方になると恒河沙(ガンジス川の砂の数という意味だが本当はもっと少ない)だの阿僧祇だのいかつい名前が出てくる。で、最大が有名な無量大数。10の68乗。そうそう使う単位ではない。天の川銀河の含まれるすべての原子の数ぐらいらしい。無量大数回麻雀をすれば天和の12連続が50回以上出る計算。

しかしこんなものお話にすらならないのが巨大数の世界である。
Googleの語源ともなったグーゴルは非常にわかりやすい単位で、その数10の100乗。
巨大数論のことを英語でグーゴロジー(Googology)と言い、代表的で基礎的な巨大数である。観測可能な宇宙の原子数よりも多い。とはいえ時間なども考えるとまだまだ天文学的な数字の域を脱していない。

知られている最大の素数は2の74207281乗-1らしい。22318618桁の数字ということになる。グーゴルは101桁の数字である。この飛躍。100円と100万円では4桁しか違わないということを考えるとその差は人間の感覚では推し量れないものだということがよくわかる。

古代ギリシャの哲学者アルキメデスが命名した最大の数字は10の、8×10の16乗、乗である。
仏典に出てくる最大の数字、不可説不可説転 は10の、7×2の122乗、乗とされる。
古代で考えられた最大の数字がこの辺りという具合である。累乗の上に累乗が乗る。中々に馬鹿げた光景である。

宇宙論で論じられた数にはもっと大きな数字もある。
宇宙論で論じられた数で最も大きな数、つまり物理学でもっとも大きな数は10の、10の、10の、10の、10の1.1乗、乗、乗、乗、乗である。
リンデの確率過程的インフレーションという説で生まれるかもしれないあらゆる多重宇宙の全質量を1個のブラックホールに潰して適当な箱の中に入れたと仮定したときにブラックホールの蒸発後にまたブラックホールができるまでのポアンカレ時間。
ちなみに単位はプランク時間でも1000年でも何でもいい。誤差以下にしかならない。

まあこうして累乗を重ねていったら手っ取り早く馬鹿げた数字になる訳だが、その累乗をまとめて表記するのがテトレーション。
累乗が何個あるかを指し示す数という具合だ。
それをまとめたらペンテーション、それをまとめたらヘキセーション…… いくらでもやりようはある。
トリトリは3^^^3ということになるのか。3に3をペンテーションしたもの。ちなみに2のペンテーションは4である。
3の右上に3が7625597484987個ぐらい連なった数字とでもいおうか。

これ以降の理解は表記形態が変わってくる。
矢印表記、チェーン表記、多変数アッカーマン……
要はまともなやり方ではすぐに書けなくなってくる。そういう次元である。
有名なグラハム数、数学上で大きい以外に意味がある最大の数としてギネスに載っている数、はチェーン表記で表すと収まる。

それを超えると近似値を得るのに無限という概念に抵触する話となっていく。
有限の話なのになぜ無限が出てくるかという話だが、まああくまで関数の話である。実際の数字は有限である。
とはいえ私にもよくわからない。とりあえず数学的により異常な領域に侵入していっているという話。
とりあえず、無限にも大小(濃度とか言ったか)があって、ωが最小の無限みたいな話らしい。で、そっから有限回の操作ではたどり着けないのがエプシロン・ノートとかいう無限。

そういったものまで使って表していく。
欧米で作られたBEAF表記とかで表せば、例えばトリアクルスは{3, 3/2}などと書かれるがBEAF表記自体理解困難だし、トリアクルスはBEAF表記で完全に定式化された定義のないペンテーション配列なるものに入っているためかなり問題も出てきている。

で、それよりも大きい数となると、使われる数学の公理系の強さが大きさの判断基準とか言う訳の分からない領域に入ってしまう。
普通数学に使われる公理系はZFCという奴で、それで証明できる関数全てより大きいそれ、ということになる。

それよりも大きな数となると、論理的に計算不可能なそれが出てくる。
ビジービーバー関数はチューリングマシンの定義からくる数で、チューリングマシンは自身が停止するか、無限に計算する羽目になるかを計算することが出来ないので有限の計算時間では計算不可能だという話である。チューリングマシンで計算できるならば他の機械でも計算が可能なのだ。

それ以上になるとラヨ数。

引用
「一階の集合論(一階述語論理)の言葉でグーゴル個以内の記号で表現できるいかなる有限の正の整数よりも大きな最小の正の整数」

らしい。現代数学の基礎を対角化している、というらしい。要はある手段で表現できる全ての数より大きい整数みたいな感じだろうか?記号の数はとりあえずグーゴル個で。もはや何入れてもたいして変わりはしないだろうが。

フィッシュ氏が考えたふぃっしゅ数バージョン7はこれに神託式と呼ばれるインチキくさい概念をぶち込んだそれ。
こうした数字よりはるかに大きいビッグフットや現在最大の数とされるサスクワッチも同じようなアプローチである。形式体系の記述力の強さが大きさとなっているという話。

※追記
しかしサスクワッチに到達してさえ無限大は文字通り無限遠の彼方にある。
上記したように無限にも無限に階層がある。果てしないとはまさにこの事なり。

加算無限、非加算無限、弱到達不能基数、強到達不能基数……
とりあえず、ゲオルク・カントールが言った絶対無限とかいうのが最強ということでいいのだろうか。数学じゃないような気もするが




ここまで書いてきたがまあともかく狂気のインフレーションが見て取れたと思う。だいぶん間違ったことばかり書いたかもしれないがともかく何か伝わっただろう。
寿司虚空編の記事の締めのネタにサスクワッチ円欲しいとか書いたが、実際にもらえるとすると即座に宇宙がぶっ壊れるどころの話ではない、とかそういう次元ではないのがわかる。何物にも形容できない、説明するのも苦しい巨大数の世界が少しでも垣間見れただろうか?

やはり極限は何でもロマンがある。巨大数は全くロマンの塊である。



巨大数関係の話で、誤差だとかはるかに大きいとかいう表現が為されることがあるが、どういう意味、定義で書いてるのかわからんのよね。巨大数の誤差っていう概念、はるかに大きいという概念。あまりわからない。
ある関数が他のある関数を支配するとかそういうのは何とか分かったが。
専門用語周りの整理とか必要じゃないかなと思った。

テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル

  1. 2017/08/24(木) 06:18:24|
  2. 雑学
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ